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「まあ、そうですね。悩み事なら藤田さんに相談しろって思いますし」
そもそも、鹿野に相談する人は少なかった。
まともな返事が欲しいなら他を当たってくれ、というスタンスだったのだ。
「シカは進路に迷ったりしなかったの?」
スクの問いに、昔のことを思い出した。
「迷いましたよ。目印がないものですから。右に行こうか、左に行こうか、それともこのまま進もうか。地図と睨めっこして、通信でやり取りして……」
途中までは頷きながら聞いていたスクだが、途中から首を傾げ始めた。
「それ、俺が言ってる進路じゃないよね?」
「あれ、宇宙船の進路の話じゃなかったんですか?」
「違うよ! そんな話は聞いてないもん!」
ふふ、と笑った鹿野。
からかい甲斐がある人だ。
「もういいよ、シカに聞いたのが間違いだった。フジに聞く」
不貞腐れたスクを見て、少しやりすぎたかな、と反省する。
スクの顔をじっと見て、真剣な表情になった。
「私も進路は迷いましたよ」
「……宇宙船じゃなくて?」
「うん。研究者って、結構な茨の道だからね。悩んだし、家族からは反対されましたよ」
「特に研究分野が分野なので」と言うと、スクは不思議そうな顔をする。
違う惑星の人には伝わらないんだろうな、と鹿野は苦笑した。
「そうなの?」
「そう。私の研究分野、まだ学問としては新しいんです。新しい発見があるかもしれないけど見つかるかどうかは分からない。そんな不確実なものより、ちゃんとした職についてくれって言われました」
研究はある意味、賭けのようなものだ。
成果がなければ認められないし、成果を出すためには研究を続けなければならない。
不安定な生活を送る人生になるのは目に見えていた。
振り返るとやってきたことは間違いではなかったし、この道に進んでよかったとも思えるが、当時はかなり悩んだ。
「どう? 私も進路には迷った一人ですよ」
そう言って肩をすくめれば、スクの鹿野を見る目が少し変わった。
「シカも大変だったの?」
「まあ……そうですね。この道に進むって決めたときに、家族とは縁を切ることになりましたよ。最後まで家族からは理解を得られなかったなあ」
最後はただのボヤきだったが、その言葉にスクが複雑そうな表情を見せた。
「もう、家族とは会わないの?」
はは、と苦笑した鹿野。
ついさっき言ったばかりなのに。
「会わないというより、会えないでしょ。地球には帰れないんだし。帰ったとしても、もう」
そこまで言って、言葉に詰まった。
地球を出て何年経ったかは分からないが、すでにかなりの時間が過ぎていることだけは分かる。
光速に近い速度で動く宇宙船内の時間の進み方と、地球の時間の進み方は異なる。
俗に言う、ウラシマ効果が起こるのだ。
「家族はもう死んでますから。一緒ですよ」
ぽつり、と小さく呟いた言葉に、スクが目を丸くした。
恐らく、このウラシマ効果のこともスクは知らないのだろう。
地球に戻れば、鹿野も家族に会えると思っていた。
「後悔、してないの?」
「……してないって言ったら嘘になりますけど。宇宙船に乗るって決めたときに、もう分かってたことだから」
家族から認めてもらえないまま、乗り込んだ宇宙船。
地球にはもう戻ってこない、とその時から覚悟はしていた。
「なんでシカは研究者になろうと思ったの?」
スクもそこを悩んでいるからこそ、聞いてきたのだろう。
学園に残るというのは、研究者になるのと同じ意味を持つらしい。
鹿野は思わず苦笑する。
「なんとなく、って言ったら怒ります?」
また目を丸くしたスクが、少し固まる。
そのまま目をパチパチさせて、首を横に振った。
「いや、怒らないけど……なんとなくなの?」
頷いた鹿野。
「重力波について気になったから、もっと知りたいと思った。それだけです」
「それで研究者になったの?」
「はい」
改めて考えてみると、我ながら思い切ったことをしたものだ。
若さというものは怖いなあ、と鹿野はまた頬杖をついた。
考え込んでいるスクを見て、小さく笑った鹿野。
「進路なんてそんな決め方でもいいと思いますよ。実際、私がそうなんですから」
「うーん……そうなのかもね」
いまいち納得がいってなさそうなスクを見て、鹿野の笑みは苦笑に変わった。
「戻れないところまでいけば、もう進むしかなくなるから。とりあえず進んでみたらいいんじゃない? どうにかなるものよ」
「……わかった。けどシカが言うこと、難しい」
顔をしかめているスク。
「あら、適当な返事がお望みなら適当な返事にしますけど」
「いや、それは大丈夫」
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