邂逅

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邂逅

 私はまだ子供で、何も知らなかった。事故に遭ったおぼろげな記憶だけがあるだけだった。若い仲居に声をかけられたらしいが、どんな話をしたのかも記憶に残ってはいない。『お父さんのこと好き? お母さんは?』たぶん、そんな在り来たりのことだろう。子供の記憶に残らないような、たわいのない。 「でも、無事救助されたんですよね?」 「えぇ。スキー場の近くにある沢近くに落ちとったとです。あすこは、雪で足場が崩れやすうてのぉ、注意しとったはずですがなぁ」  『沢には雪庇(せっぴ)※あるから近づいたらいかんよ』  そんな声を誰かから聞いた気がする。けれど、私は知らなかった。都会育ちの私は雪庇の危険を落雪とばかり思い込んでいた。崖があんなにも近かったなんて――知らなかったのだ。 ※雪庇 ゆきひさし・せっぴ 構造物の風下に積雪が発達する現象、落雪被害や登山では転落事故の原因となる。
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