23.このような男に私の人生は預けられない⋯⋯。

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23.このような男に私の人生は預けられない⋯⋯。

 無防備に背を向けるアレキサンダー皇帝に胸が苦しくなった。  私を捨てようとした彼を見限ったつもりだった。  「モモのご主人」失格な彼なのに、縋られると揺らいでしまう。  彼の言っていることは、驚く程自分勝手だ。  それなのに、従ってしまうのは私が元犬だからだけではない  陛下が私を家族にしてくれる可能性を探ってしまう。  (森でひたすらにルイを追っていた時、ルイが駆け寄って私を抱きしめていてくれたら⋯⋯)  犬である時に夢見ていたような光景だ。  あれ程冷たく接して来たと思えば、急に私のことを愛しているようなことを言ってくる。  もしかしたら、ただ、何か失う経験をした事がなくて私に執着しているだけなのかもしれない。 (本当に理解できない人⋯⋯)  ナイフを手に持ち、陛下の髪を切る。  女とは違って、難しい。  もはや、傷をつけないように切るのが精一杯だ。 「陛下⋯⋯プルメル公爵家の処刑は滞りなく行われましたか?」 「あぁ⋯⋯」 私は自分の策略がうまくいったことを確信しホッとした。 宰相だったレイモンド・プルメル公爵がいなくなった事で帝国は大きく変わる。 レイモンド・プルメル公爵はカイゼル・レンダースと結託していた。 カイゼル・レンダース伯爵は領地の暴動を意図的に起こしていた。 争いが好きなアレキサンダー皇帝を引き寄せる為だ。 アレキサンダー・バラルデールは争いがあると、喜んで出兵にしてしまう暴君だと言われている。 皇宮から若くて賢い陛下を留守にするのは簡単だった。 陛下はどうしてそこまで血を好むのだろう。 「モニカはどうしてそんなに子供が欲しいんだ?」 陛下の質問に思わず、私は手が滑って指を切ってしまった。 「痛っ⋯⋯」 「おい、大丈夫か?」  私の指を確認したようとした陛下の手を思わず振り払ってしまった。 (少し優しくされたくらいで揺らいで⋯⋯私らしくないわ⋯⋯)  やはり犬のモモだった時の記憶が蘇って以来、新しい主人であるアレキサンダー皇帝に対して過剰な期待をしている。  陛下は結婚式もしないのに初夜は行う。  私を不妊にする毒を盛りながら、房事の時には訪れる。  私が会いたいと言った時には会ってくれない。  私がいなくなると思ったら、急に惜しくなって気まぐれにかまってきただけだ。  私はもう犬じゃない、自分で自分の人生を選べる。  たった1ヶ月と少ししか過ごしていなくても、彼がどれだけ身勝手な人間かは理解できた。  どうせ、また1ヶ月後には気まぐれに私を避け始めるだろう。d (このような男に私の人生は預けられない⋯⋯) 「大丈夫です⋯⋯陛下、今日はもう疲れたので休ませて頂けませんか」 「分かった⋯⋯モニカは髪を切るの上手だな。また切ってくれ」  褒められて嬉しい気持ちを抑えながら、私は陛下にそっとお辞儀をした。 (これで、最初で最後よ。さようなら、私のご主人様⋯⋯)  ♢♢♢  皆が寝静まる真夜中、私は城からの脱出を試みる事にした。 (あの隠し通路はもう使えない⋯⋯正攻法で表から出るか)    私の部屋の扉の前から微かな息遣いを感じる。  おそらく私の逃亡を恐れた陛下が配置したのだろう。  扉をそっと開けて、私はその騎士の耳元に囁いた。 「眠れないので、夜風に当たって少しお散歩がしたいのですが、ついて来てもらっても良いですか?」  灰色の髪に灰色の瞳をしたその若い騎士は頬を染めて頷いた。 (うまくいきそうね)  「皇妃殿下、夜も遅いので真っ暗ですよ。少し歩いたら、お戻りなられた方が良いかと思います」 「真っ暗でも、あなたがいるので大丈夫です。お名前を教えてください」 「アレン・ハイルです」  私はアレンの腕に絡み付きながら庭園の辺りまできた。  あと同じだけ歩けば城門の方まで行ける。 (この辺りで、この男を巻くか⋯⋯) 「アレン⋯⋯もう、季節的に暖かいと思ったのですが夜は少し寒いですね。私、花が好きでもう少しここにいたいのです。部屋からショールを持ってきて頂けませんか?」 「いや、でも、このような真っ暗なところに殿下を置き去りにする訳には⋯⋯」  どうやら、私の企みは上手くいきそうだ。 彼は私から目を離さないという皇命を承っているのに、もう私とここにデートでも来たような気になっている。 「では、アレンが私を強く抱きしめて温めてくれますか?」 「いえ、そういう訳にはいきません。すぐに取りに行って参ります」  アレンは顔を真っ赤にして、焦ったように蹄を返して城の方まで走って行った。    私はその隙に、一気にスカートをたくし上げ城門まで走った。  城門を守る騎士は左右に2人いる。 (これで上手く行くかはわからないけれど⋯⋯)  私は靴を脱いで、一個を思いっきり右側の草むらに投げ、もう片方を左側の池に投げた。 「何やつだ!」 2人の騎士はお互い頷きあい、音の鳴った方に散った。 (城門がガラ空きよ⋯⋯)  私は一気に城門を抜けようと一歩を踏み出した所で、後ろから思いっきり強く抱きすくめられた。  アレキサンダー皇帝の爽やかな香りを感じて心臓が一瞬止まる。 「寒いんだろ⋯⋯俺が強く抱きしめてやるよ」  明らかに陛下の声が怒っている。 (いつから? つけられてた? 全く気が付かなかった⋯⋯)  急に抱き上げられて、私は慌てた。 「おろしてください」 「靴を履いていたら、下ろしてやったかもしれないな」  陛下が睨みつけてきたが、私は目を逸らした。   「待ってください。どこに行くのですか?」 「魔性の悪女に惑わされるような使えない騎士ばかりだから、俺が君を見張る事にした」  陛下は私を自分の寝室のベッドの上に下ろした。
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