68人が本棚に入れています
本棚に追加
19.私は彼を捨てて、生きていく。
私は予定通りアレキサンダー皇帝に離縁を申し出て、部屋に戻った。
ナイフで髪を肩まで切ると、さっぱりした気分になった。
(ちょうど、暖かい季節になるし良いかもしれない)
ルミナは私についてきてくれると言ったが、どうなるか分からない私の人生に彼女を巻き込むのは憚られた。
彼女にはマルテキーズ王国に戻るように伝えた。
貧しい生活を強いられるかもしれない新しい人生でもワクワクするのは、私の前世が犬だからかもしれない。
人間であるならば言葉が使えるから、いくらでも道が開ける気がした。
ジョージのアドバイス通り、調香師などになり香水屋などの商売を初めてみようかと考えていた。
私の正体がバレると色々面倒そうだと思ったので、ふとジョージからもらったウィッグを持ってこうかと思った。
クローゼットの奥に入れたウィッグをよく見ると、アメジストのピンがついている。
(結局、勝手にプレゼントしてきたのね。ジョージ⋯⋯)
やはり、ありのままでいたい気持ちが強く、ウィッグからアメジストのピンだけ抜き取り右耳の上に止めた。
寝室のベットの下に潜って絨毯を一部ナイフで切り取る。
予想通り地下に続く扉があって、そのまま地下に降りた。
ベッドで寝ている時に、真下からわずかに水が流れる音がした。
階段をつたって降りれるようになって、仄かに灯りが灯っているということは地下は隠し通路だ。
きっと、ここを抜ければ城外に出られる。
私自身を避けながら、陛下が私に執着していのを私は感じ取っていた。
離縁がすんなり受け入れられるか分らなかったので、私は一方的に陛下に離縁を申し出て姿を消すことにした。
もし、私が見つからなければ、きっとそのまま離縁が成立する。
犬の記憶が目覚めて、新しい主人として陛下に期待した。
無意識に陛下に纏わりついてしまい、大切にして欲しいと尻尾を振った。
今となっては苦い思い出だが、私は人間になったのだから主人は自分で選べる。
私が死んでも構わないと思っている人に、人生は預けられない。
ジョージを逃すことにも成功した。
どうやら、私は賭けに勝ったようだ。
私は自分に告白してきたジョージが、帝国一の貴族でありながら自分の身分にあまり拘りのない人間だと思った。
その為、より安全策を彼に提案した。
私はレイモンド・プルメル公爵の先皇陛下の暗殺が明らかになるのは、時間の問題だと思っていた。
なぜならば私が調査した時点で、既に陛下により関係各所は探りを入れられていた。
それは、陛下がこの件を曖昧なまま幕引きする事はないということを示している。
そこで私は皇宮医を脅して、自ら口を割るように仕向けた。
プルメル公爵家一族の処刑される日を私のコントロール下に置くためだ。
そうすれば、ジョージだけは逃すことができる。
私が逃げるならば、犬としてお供したいと伝えてきたジョージに私は提案をした。
「ジョージ、皇族の暗殺は一族だけでなく、末代まで裁かれる大きな罪です。しかも、貴方のお父様のやり方が下手くそ過ぎて真実が露見するのも時間の問題です。貴方は私にとって唯一の友人なのです。貴方だけ助ける手段を選ばせてください」
私の言葉に目を白黒させているジョージは考えが甘い。
レイモンド・プルメル公爵を領地に追いやれば、陛下が溜飲を下げるとでも思っているのだろう。
そして、レイモンド・プルメル公爵は保守的な先皇陛下より、しょっちゅう城を留守にするアレキサンダー皇帝の方が扱いやすいと勘違いしている。
「これから、暗殺事件に関係している皇宮医に真相を暴露させます」
「今まで口をつぐんでいたのに、彼が証言するわけがありません」
「私に真相を掴まれたと思ったジョージは、口を割ったじゃないですか。該当の皇宮医には妻と生まれたばかりの子がいるんです。家族と離縁し妻と子は私の方で守るように伝えます。本来なら妻子とも処刑対象ですから、私の言うことを聞くと思いますよ」
私が怖くなってきたのか、先程まで私を守りにきた王子のような顔をしていたジョージは青い顔をしている。
(綺麗な生物には大抵毒があるって、知らなかったのかしら⋯⋯)
「プルメル公爵家一族は全員処刑されるのですよね⋯⋯父上も、母上も、姉上も⋯⋯」
「それだけの罪を犯したって理解してますか? 皇族殺しですよ。バラルデール帝国を乗っ取ろうだのと不相応な野望を抱いたお父様を戒めなかった⋯⋯ジョージにも責任はあること自覚してください」
ジョージは黙り込んで俯いてしまった。
レイモンド・プルメル公爵は息子を溺愛していると聞いた。
(絶望を味わったこともない⋯⋯愛されて甘やかされてきた男⋯⋯)
私はそのような自分と真逆のキラキラした友人に魅力を感じていた。
「今から、私は暗殺ギルドに行ってきます。貴方の代わりになる死体も用意しましますし、貴方は私に言われた通りに姿を消してください。ただのジョージアとして今後は暮らしていくのです」
「暗殺ギルドに行くのですか? 危険です。正気の人間がする事ではありません」
「では、ジョージが安心できるように言い換えますね。使えない暗殺ギルドに、任務に失敗した女を引き渡すように伝えてきます。皇族でもないジョージにギルドの場所が割れているだけで、3流です。それに皇家御用達のギルドなのでしょ。皇妃の私の言うことを聞かせて見せます」
正気の人間のすることではない事をしてきたから、私は今生きている。
私は14歳の時、レントル王国の建国祭で2歳年上の王子から熱烈な愛の告白をされた。
私は彼の好意を利用できると思った。
「私も好き、結婚したい⋯⋯」甘い言葉を返したら、脳が溶けた王子は王宮の機密情報を沢山教えてくれた。
その機密情報を利用して、父はレントル王国を攻めた。
母が死んだ時に、私の周りは敵だらけだった。
だから、マルテキーズ王国の主人である父に尻尾を振りまくり生き残った。
「モニカの言う通りにします。僕は君の犬です⋯⋯でも、優しい君が無理をしてそうなのが心配です。自分の幸せを1番に考えてください」
私に愛の告白をしてきた彼は、今では完全に私の犬になってしまった。
前世では見窄らしい雑種犬だったのに、勝手に周りが優しそうな天使と勘違いする見た目のモニカになった。
ジョージが私に対する恋心を消して、犬になってくれたのならありがたい。
それならば、元犬の私と友人でいられる。
恋するという気持ちが、本当によく分からない。
強いて言うなら、初めてアレキサンダー皇帝に抱かられた夜は胸が苦しくて、彼が愛おしくて恋をしたような気分になった。
でも、陛下は既に私を捨てていて裏切っていたのだから、「モモのご主人」としては失格だ。
私は彼を捨てて、生きていく。
最初のコメントを投稿しよう!