25.私の心に少しでも寄り添ってくれるなら、離縁してください。

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25.私の心に少しでも寄り添ってくれるなら、離縁してください。

「今日はジャガイモのスープなんですね」 「あの時はすまなかった⋯⋯」  陛下はかぼちゃのスープをひっくり返した時のことを謝っているのだろう。  あの時はスープから草の匂いがした。  陛下が途中でスレラリ草の毒を私に盛るのを控えた。  その心境の変化がなぜ起こったのかは私には分からない。 「スレラリ草の毒をモニカが摂取してしまったのは、たったの2回だ。だから、そのように不妊だと思い詰めることはないと思うのだが⋯⋯」  私は何も状況を理解していない陛下にため息をついた。 「陛下のお母様は紅茶にスレラリ草の毒を忍ばせられ飲まされています。湯を通して毒の成分は100分の1程度まで分解されています。対して、私は直接草を擦り付けた食材を摂取しています」 「100倍の毒素?」 「私が死んでないから信じられませんか? 私がサンダース卿のナイフで倒れた時、あのナイフには毒が塗ってありました。陛下が私が1週間意識がなかったと言ってましたよね。私はあの毒には免疫があるはずなので不思議に思ったのです。私が1週間目覚めなかったのはスレラリ草の毒の影響です」  ここまで言えば理解してもらえるだろう。  私はナイフに塗られていたマルネスの毒には耐性があった。  即効性のあるマルネスの毒に対し、スレラリ草は遅効性の毒。  私を1週間目覚めさせなかったのはスレラリ草の毒の影響だ。  あの時、私の体の中で何が起こっていたかは分からないが、母が鍛えてくれたこの体が私を殺そうとした毒に打ち勝ってくれた。    私は自分が死ななかった事に感謝して、自分の子を持つことは一生諦めなければならない。 (なぜ私は自分をこのような体にした男と一緒にいるのだろう⋯⋯) 「モニカ⋯⋯もし、君が子を持てなくても僕は君を愛している」 「どうしてですか? 私をずっと避け続けていたではないですか。それに、私に陛下を愛することは不可能です。私の心に少しでも寄り添ってくれるなら、離縁してください」 「それは、できない⋯⋯」  掠れた声で絞り出すように伝えてくる陛下は、おそらくスレラリ草の危険性を正しくは理解していなかった。  陛下が憎いけれど、自衛できなかった私も悪い。  陛下とずっと食事がしたかったのに、全く楽しくなかった。 「マルキテーズ王国でも、政務会議には出ていたのか?」 「はい⋯⋯でも、ここは勝手の分からないバラルデール帝国なので今日は見学しますね」  陛下がずっと私に申し訳なさそうな顔を向けてくる。  早いところ私に飽きて離縁してくれないだろうか。  私は彼を見る度に自分が2度と子を産めない現実を叩きつけられる。  政務会議の議場はマルテキーズ王国の3倍はある広さだった。  私と陛下が入場した途端、貴族たちが注目する。 「陛下⋯⋯皇妃殿下を同席させるのですか?」 「皇妃にはバラルデール帝国に関心を持ってもらいたい⋯⋯今日は見学だ」  私はやはりランサルト・マルテキーズの娘ということで警戒されている。  私は椅子をひかれ、陛下の隣の席についた。   「陛下、早速ですが、プルメル公爵家の保有していた第2騎士団についてです。副騎士団長のスラーデン伯爵を騎士団長に推薦したいのですが」  開会するなり挙手をしたミレーゼ子爵の意見に周りが拍手する。 「まあ、それが妥当だろ⋯⋯」  私は陛下が了承しようとしたので、思わず席を立った。 「笑わせないでください。第2騎士団は解体するに決まっているでしょう。そもそも騎士団長が反逆者ですよ。当然、腰巾着の副騎士団長も断頭台への階段を半分上がっているような方でしょ」 「皇妃殿下、なんと無礼な!」 「無礼とは目下のものに扱う言葉遣いです。バラルデール帝国の貴族の程度が知れますね。時に、レイモンド・プルメル公爵の名でルカラド王国に武器の横流しがされていた事をご存知ですか?」  私の言葉に周囲がざわめき出す。  マリリンも私に対して上から目線だったが、ここにいる男たちも同じようだ。  バラルデール帝国は力が強大過ぎるせいか、他の国を軽く見ている節がある。  私が皇妃でも、所詮小国の元王女とバカにしているのだろう。  その上、陛下が私を1ヶ月以上も無視していた事から、私の事を皆軽んじているのが丸わかりだ。  寵愛を受けていない妃に気を遣う必要もないと思われているのだろう。  私は同時に私に愛を語りながら、私が侮辱されても庇いもしない陛下に失望した。  陛下も所詮、私の父と変わらない。  彼の愛などお気に入りのペットに向けるもので、私がいなくなったら直ぐに代わりのお気に入りを見つけるだろう。 「そのような事実は、私は特に⋯⋯」 「私がプルメル公爵ならそのような面倒な事は自分の腰巾着のあなたにやらせます」 「皇妃殿下、先ほどから⋯⋯あんまりではないですか?」  スラーデン伯爵は明らかにしどろもどろになっている。 「皇帝陛下、皇妃殿下はまだバラルデール帝国のしきたりな等に詳しくないようで、議場が混乱するのでご退出頂いた方が⋯⋯」  プルメル公爵の取り巻きで、現在はスラーデン伯爵に寄生しているミレーゼ子爵が口を挟む。 「いや、皇妃⋯⋯続けてくれ。君の意見が聞きたい」  私は陛下の私を見つめる熱っぽい瞳に一瞬胸が苦しくなった。  陛下は私をおかしな気分にさせる方だ。 「ミレーゼ子爵、お茶会の話を娘から聞きませんでしたか? 皇家の財産を横領してもまだ貴族でいられるのですね。確かに私の祖国とは勝手が違うようです。ちなみにそのお茶会はコオロギ入りのお茶で歓迎されました。マルテキーズ王国では不妊になる毒として使われるものです。娘さんは皇族に毒を盛った事も話してくださいましたか?」 「何だと⋯⋯それは本当か?」  陛下が怒りに耐えているのが分かった。  コオロギ入りのお茶を飲んではないが、本当の話だ。  カリーナ・ミレーゼは自分のした事を軽く見てたのだろう。  後ろめたい事をやるという事は露見しら一発退場だ。  この後に及んで彼女の親が私に噛み付いてくるなど愚か過ぎる。 1度は未遂で目を瞑っても、目障りな蚊ならしっかり潰す。 「はい⋯⋯全て本当の話です」 「ミレーゼ子爵、議場から直ちに立ち去れ。追って、処分を下す」  陛下の言葉に議場は騒然となった。
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