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26.モニカ⋯⋯俺は君を罰しないよ。
モニカを連れ戻して、髪を切って貰い少しは心が近くなった気がしていた。
「皇妃殿下が動きました⋯⋯」
俺は自分が愛していると言っているのに、彼女がまだ逃げて行く理由を理解していなかった。
昔から母に欲したものは全て手に入ると教えられて来て、実際にその通りだった。
対して欲してないものも、気がつけば自分の手の中にあった。
でも、今、欲しくて気が狂いそうなのに、モニカは俺から逃げて行こうとする。
真っ暗な庭園で、護衛騎士を籠絡するモニカは見た事もないくらい妖艶だった。
(本当に魔性の悪女だな⋯⋯)
俺の事を名前で呼びもしない彼女が、恋人のように騎士を名前で呼んでいるのは演技だからだ。
そう理解した時にモニカは俺の前では演技をしないで、本当に最初は慕ってくれていたのではないかとほのかな望みを抱いた。
俺は彼女に俺を慕っていた気持ちを思い出して欲しくて、彼女を抱こうとしたが拒絶された。
そして、彼女がまだ1ヶ月程度しかバラルデール帝国にいないのに、俺以上に帝国の問題点に目を向けていることに驚いた。
彼女は恐ろしく頭が切れる。
その割に出口の鍵を持たずに隠し通路に入ったり、先程も裸足で城門の外へ逃亡しようとしていた。
なんだか、彼女の行動は行き当たりばったりに見える事もある。
(全く目が離せないな⋯⋯)
朝食の時に、彼女が俺を見限った訳を知った。
彼女は俺のせいで死に掛け、おそらく一生子供が産めない体になった。
(子供が欲しいのに、もう叶わないと泣きそうな顔で叫んでたな⋯⋯)
俺を愛することは不可能だから離縁して欲しいと言われても、俺は彼女を手放せない。
スレラリ草の毒の解毒方法については、母が死にかけた時に散々研究したが見つからなかった。
俺は母の墓を掘り返し、その肉体を切り刻んでもモニカの体を回復させる方法を探るだろう。
色々な顔を見せて不安にさせるモニカだが、俺の子ができているかも知れないと嬉しそうにしていた彼女の姿は本物だった。
あの時の彼女は本当に頬を高揚させて幸せそうだった。
俺が本当に彼女にハマってしまったのはあの瞬間だ。
政務会議に彼女を連れて行ったら、彼女の調査能力政治能力は想像以上だった。
それ以上に天使のような見掛けからは想像できない程、頭が切れて気が強かった。
貴族たちが明らかに思っても見なかった彼女の姿に怯んでいるのが分かった。
男尊女卑のバラルデール帝国において、これ程までに男の前で対等以上に渡り合う女を見たことがない。
いつもは俺を恐れている貴族たちが俺に助けを求める程だ。
知れば知るほど、違う姿を見せてくる彼女に俺は夢中になっている。
武器の他国への横流しは噂レベルだったが、伯爵や子爵の反応を見るに真実だったのだろう。
第2騎士団は腐っている可能性があるので、解体することになった。
そして、俺の中で1つの疑念が生まれた。
これ程の調査能力と洞察力があるモニカは、俺よりも先にレイモンド・プルメル公爵の先皇暗殺の真相に気づいていたという可能性だ。
彼女が来てから、急に野心家のプルメル公爵が引退して領地に戻ると言ったり不自然な点が多かった。
俺は今、彼女がジョージア・プルメル公子を逃したのではないかと疑っている。
断頭台での処刑において頭から布を被らせるようになったのは2年前からだ。
罪人が自分が殺人を犯した弁明に、断頭台での公開処刑の際に首を切った後の死人と目があって操られたという弁明をすることがあった。
そして、裁判官がその弁明をまともに聞き入れてしまって、俺は処刑の際に布を頭から被せることにした。
必ず同じような弁明をしてくる罪人が続くと思ったからだ。
(罪人に布を被せるという処置が利用された可能性も⋯⋯)
騒然とした議場から立ち去りながら、俺は祈るような思い出モニカの手を握った。
「モニカ⋯⋯処刑人の死体安置所に行かないか?」
俺の中で彼女が自分がリスクを追ってまでジョージア・プルメル公子を逃した可能性を消したかった。
それではまるで2人が思い合っていて、モニカはジョージア・プルメル公子と一緒になる為に俺から逃げようとしているみたいだ。
「行きません。陛下がお気づきになった通りの事実があると思います。私も後ろ暗いことをして露見した時は相応の処分を受ける覚悟でしています」
俺はモニカが自分の首が飛ぶ覚悟で、ジョージア・プルメル公子を逃したことを確信した。
それは俺にとっては、受け入れ難い真実だった。
「モニカ⋯⋯話そう。君の話を聞きたい」
俺は自分の執務室に彼女を連れて行き、2人きりになった。
ソファーに彼女を座らせ、祈るような気持ちで手を握ろうとした。
しかし、彼女は俺の手を振り払い首を振った。
「話しません。たとえ殺されても、彼の居場所は吐きません」
目を瞑り覚悟を決めたようなモニカを罰するつもりはない。
たとえ彼女の心が他の人間にあっても、俺は彼女を側に置きたい。
「モニカ⋯⋯俺は君を罰しないよ。でも、なんでそんな⋯⋯」
言葉は続かなかった。
モニカは俺の妻でありながら他の男と通じていた。
怒りが込み上げて来て、彼女を罵倒したくなったが必死に抑えた。
そのように怒りに任せて彼女を非難したら、ますます彼女の心は俺から離れるだろう。
ただ、彼女に嫌われるのが怖いから理由を聞くことしかできない。
このような情けない自分は初めてだ。
世界で一番尊重される自分は誰もが屈すると思っていたが、俺は今完全にモニカに屈している。
「彼は私にとって大切な友人なので生きていて欲しかったのです。それに、私は親の罪は子にまで及ばないと思います」
友人がいたことはないが、命を賭ける程に大切な存在を友人と呼ぶ彼女には違和感しか感じない。
モニカは俺とは考え方が違うところがある。
彼女は自分は目的の為に女を利用しているだけだから、悪女ではないと高らかに言っていた。
俺はそういう女を悪女と呼ぶと思っている。
さらに、モニカは皆が暴君と呼ぶ俺を暴君だとは思っていないらしい。
彼女は俺には理解できない価値観を持っているのに、彼女を知りたいという衝動を止められない。
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