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6.パートナーなのに色も合ってない⋯⋯。
「姫様、お会いしたかったです」
「ルミナ⋯⋯会いたかった」
やはり、アレキサンダー皇帝は優しい方だった。
私の我儘を聞いて、ルミナを呼んでくれた。
レイ・サンダース卿が処刑され、ルミナはどうしているのか心配していた。
「ルミナ⋯⋯私、ここでアレキサンダー皇帝の妻として暮らすつもりなの」
マルテキーズ王家の意向に逆らおうとしている私を彼女はどう思うだろう。
私は彼女を勝手に母親のように思っているが、彼女は王家が雇ったメイドに過ぎない。
「姫様、ルミナはいつも姫様と共にいます」
「ありがとう。じゃあ、早速準備にかかるわよ」
支度を終えて舞踏会会場に向かう途中、何人かの貴族令嬢とすれ違った。
私は淡い水色のシンプルなロングドレスに、髪を下ろしていた。
しかし、バラルデール帝国の貴族令嬢は髪を結い上げ、サファイアやルビーといった宝石の髪飾りをつけている。
ドレスも赤や緑といったハッキリしたもので、贅をつくすように宝石がまぶしてあった。
(どうしよう⋯⋯陛下のパートナーとして出席するのに質素過ぎる)
舞踏会会場の扉の前には緑色の礼服を着た陛下がいた。
(しまった⋯⋯パートナーなのに色も合ってない⋯⋯)
何色を着るのか尋ねもしなかった自分の気の利かなさに、ため息が漏れそうになる。
「アレキサンダー・バラルデール皇帝陛下に、モニカ・マルキテーズがお目にかかります」
帝国では皇后になる人間だけ、バラルデールの姓を頂けるらしい。
ドレスを持ち上げて挨拶している間も、陛下は私をじっと見つめていた。
「今日はそなたのお披露目にもなるな。まだ、体調が完全に回復してないだろうから、開会のダンスを踊ったら下がると良い」
「分かりました」
確かに陛下の言う通り、まだ足元がふらついている。
頭もモヤがかかっていて、脳が正常に働いていない気がする。
(失言でもしたらまずいから、陛下の言う通りにした方が良さそうね)
それにしても、私の場違いな服装を指摘するのではなく、体調を気遣ってくれる陛下はとても親切な方だ。
「アレキサンダー・バラルデール皇帝陛下と、モニカ・マルキテーズ皇妃殿下のおなーり」
陛下にエスコートされて、舞踏会会場の中央まで来る。
煌びやかなシャンデリアに、贅を尽くした内装。
会場は室内とは思えない程広くて、大勢の着飾った貴族が騒がしくしていた。
周囲が一斉に私たちに注目しているのが分かった。
瞬間、静寂が訪れて不思議な緊張感に包まれる。
陛下のエメラルド色の瞳が私だけを見つめていて、なぜだか胸が少し苦しくなった。
てっきり、陛下の挨拶があると思ったのに、急にオーケストラの音楽が始まり驚いた。
私は陛下のリードに合わせてダンスを踊る。
(知っている曲でよかった⋯⋯)
やはり、頭が働いていない。
普段であれば、曲順までチェックして招待客を全て把握してから舞踏会に参加する。
「辛かったら、俺に体を預けて来い⋯⋯」
陛下に耳元で囁かれて、私はもっと彼に近づきたくて体を預けながら踊った。
彼の優しい温もりと爽やかな香りを感じ、とても幸せな時間だった。
「良い時間だった」
「こちらこそ、夢のような素敵な時間でした」
私は再びドレスを持ち上げて挨拶をし、陛下に言われた通り会場を去ろうとした。
その時、おそらく本日5歳になるカイザー・バラルデール皇子らしき方が、壁際に立っているのが見えた。
黒髪に黒い瞳をしたカイザー皇子を見た時、脳裏にルイの姿が蘇った。
私はカイザー皇子にお祝いの言葉を告げてから、会場を後にしようと彼に近づいた。
「美しい姫君、どうかダンスのお相手をお願いできますか?」
突然目の前に見知らぬ、同じ歳くらいの貴族の男性が現れてダンスを申し込まれる。
また、新しい音楽が始まり、私は慌てて彼の差し出した手に手を重ねた。
(皇帝陛下の挨拶とか、今日の主役のカイザー皇子の挨拶じゃなくて、またダンスなの?)
ダンスの誘いを断るのは失礼に値する。
それは万国共通の認識のはずなので、私はふらつきながらもステップを踏んだ。
「本当に噂以上のお美しさですね。この会場に皇妃殿下が現れた時から、もう釘付けでした」
「ありがとうございます」
私は取り敢えずお礼を言いながらも、心の中では名前を名乗って欲しいと願っていた。
やはり、肖像画で招待客を確認してから、舞踏会に出席するべきだった。
彼らは私を知っているかもしれないが、私は誰が誰だか分からない。
マルキテーズ王国とバラルデール帝国は遠いので交流もなく、マルキテーズ王国に帝国の人間が訪れたことは記憶にある限りない。
(顔見知りがいない舞踏会なんて初めてだわ)
その状況に少しワクワクするも、脳が正常ではない状態で失態を犯したら致命的なので早いところ立ち去った方が良いだろう。
「大変光栄な時間でした」
「ありがとうございます」
何だか、本調子でないせいか語彙が異常に減っている気がする。
私は再びカイザー皇子に近づこうとすると、また見知らぬ貴族の男が道を塞いだ。
「天より舞い降りた女神よ。どうか、私にあなたと踊る幸運を頂けませんか?」
「ありがとうございます⋯⋯」
私は見知らぬ男の差し出した手を取るしかなかった。
(女神じゃないんでお断りしますと言えばよかった⋯⋯)
「女神の美しい輝きの前に、空の星々も恐れをなして今宵は雲に隠れているようですよ」
「ありがとうございます⋯⋯」
私は今とても苦手なタイプの方とダンスを踊っている。
こういう臭いセリフを言われた時に、吹き出さずにやり過ごすのは困難だ。
しかし、苦手な方とも毛嫌いせず関わらないと陛下に迷惑がかかるだろう。
「女神よ。どうか、天に戻らずに、またご一緒してください」
「ありがとうございます⋯⋯」
私はやっとの思いで、念願のカイザー皇子のところにまで辿り着いた。
不思議なことに本日の主役なのに誰も彼に声を掛けていない。
「カイザー皇子殿下にモニカ・マルテキーズがお目にかかります。お誕生日おめでとうございます。殿下の1年が素敵なものになりますようにお祈りさせてください」
「ありがとうございます。兄上のことを宜しくお願いします。ふふっ、そんな挨拶をしないでください。僕は皇妃殿下の臣下になるのですよ」
お誕生日だと言うのに、彼の瞳が暗い気がして気になった。
「皇妃殿下、どうか貴方と踊る光栄な一時を私にください」
無礼なことに私がカイザー皇子と話しているのに、口を挟んできた見知らぬ貴族の男がいた。
オーケストラがまた演奏を始めだす。
(この誘いは流石に受けなくて良いよね? もっと、カイザー皇子と話したいわ)
「皇妃殿下、殿下に遠方より来客がいらっしゃっております。ご案内するので、どうぞこちらに⋯⋯」
その時、銀髪に紫色の瞳をして紫色の礼服を着た目つきの鋭い貴族の青年が私の前に現れた。
明らかに今までダンスをした貴族令息よりも高位の貴族だと一目で分かる。
「ジョージア・プルメル公子⋯⋯」
私にダンスを誘ってきた男は現れた銀髪の男性を見て、逃げ出すようにそそくさと去っていく。
プルメル公爵の息子、ジョージア・プルメル公子なら知っている。
私の1つ年下で、帝国で最も力を持つ名門の公爵家の後継者だ。
確かプルメル公爵家は代々帝国の宰相を輩出しているだけでなく、商売も手広くやっている。
バラルデール帝国だけでなく、周辺諸国にも何件か宝飾品店を経営していると聞いたことがある。
「じゃあ、行きましょうか。皇妃殿下」
プルメル公子は柔らかく微笑むと、私をエスコートして会場の外に出た。
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