10 ダイナを追って

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10 ダイナを追って

 サムとノアは、ダイナが住んでいたマンションに居た。  イリタの社員なら、それ相応の高い賃金を得ているはずだが、ワンルームのごく小さな部屋であった。家賃もそれほど高くない。 「ちょっと、拍子抜けだな」  ノアが正直な感想を漏らす。 「ええ。てっきり豪邸かと思ってましたよ」  サムもそう言い、無駄だと分かってはいたがインターホンを押してみる。応答はない。 「ん?電子ロック、かかってませんね」 「マジかよ。わざわざ管理人にキー貰いに行ったのに」  サムは慎重に扉を開ける。しんと静まり返った部屋は、多少荒れている印象だ。薄く、コロンのような香りがする。 「さて、捜索してみますか」  サムとノアは手袋をはめ、部屋の中へ入る。  入ってすぐ、キッチンがある。日常的にあまり使われた形跡は無く、調理器具も少ない。キッチンの向かいにトイレとバスルームがあるが、こちらは至って綺麗にされている。  問題の居室だが、コートやバッグが床に放り出されており、慌てて出かけたかのような印象を受ける。 「パソコンの類が一切無いな」  ノアが呟く。パソコンがあれば、データ類を抜き取れると思っていたのだが。 「あと、大き目のキャリーバッグなんかも見当たりませんね。彼女は最低限の荷物をまとめてどこかへ行った、というような気がします」  サムがそう言うと、ノアは改めて部屋全体をぐるりと見渡す。 「なあサム。この部屋、既に誰かが入ったような感じがしないか?」 「それは、ダイナ以外の人間、という意味ですか?」 「うん。ただの勘だけどな」  ノアが勘だけで物を言うのは珍しい、とサムは思う。しかし、電子ロックが開いていたことは、サムも気になっている。 「とにかく、もう少し見てみましょうか」 「ああ」  二人は捜索を続けたが、特に手がかりとなるものは発見できなかった。  次にサムとノアが向かったのは、入国管理局だ。  予め、捜査協力の依頼をしていたので、欲しい情報はすぐに手に入った。 「ダイナは既に、出国している、か」  続けて、出国日時の防犯カメラの映像を見せてもらう。大きなボストンバッグを手に持ち、サングラスをかけた一人の女性が映し出される。その様子は、普通の旅行者のようにしか見えない。  ダイナはスムーズに出国ゲートをくぐり、何の問題も無く歩き去っていく。 「荷物はこれだけ、ということは、とてもアンドロイドを入れて運ぶことはできないな」 「そうですね。連れも居ないようですし、アリスを連れて出国したとは思えません」 「ということは、アリスはネオネーストのどこかにまだあるってことだな。出国前に、どこかに隠したんだ」  出国してしまった以上、もうダイナの足取りを追うことはできない。部屋に手がかりも無く、あるのはセオドアの証言のみ。  疲れ切ったサムとノアは、いつものカフェへ足を運ぶ。アンドロイドのメリアが居る店だ。 「手がかり無し、かあ」 「ボスに報告しにくいですねえ」  二人は同時にタバコの煙を吐き出す。 「次はどうするよ?」 「考えるとしたら、アリスがなぜ、誰によって造られたのか、探ることですかね」 「あ、そんなの考えてなかった」  ノアは大あくびをする。 「アンドロイドを製造できる企業は限られています。しかも、ほとんどがイリタの傘下に入っていて、イリタの独占状態だと言っていい」 「もしイリタが未登録の機体をダイナに引き渡していたとしたら……それこそ大問題だろ」 「そこなんですよね。ただ、ダイナは設計士のルイスの娘でもある」 「ということは、ルイスが勝手にアンドロイドを作って娘に渡したってことか?」 「考えられない話ではありません」  二人が考え込んでいると、メリアがやってくる。 「コーヒーのおかわりいかがですかぁ?」 「ええ、お願いします」  サムはメリアを見て思う。アリスはなぜ、違法に造られたのだろう、と。 「ノア。僕たちは、違法改造されたアンドロイドを何体も回収してきました」 「お、おう。いきなりどうした?」 「なぜ違法改造したのか。一番多い答えは、本当の人間として扱いたかったから、だったと思います」 「まあ、そうだな。子供や恋人の代わりとして、って奴が多かった」 「アリスもそうだと思いますか?」  ノアはコーヒーを一口含み、頭を掻きながら答える。 「俺は、そうだと思う。でも、それ以上に、何か特別なアンドロイドなのかもしれない」
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