12 ファミリー

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12 ファミリー

 若干の残業を挟んだ後、ソフィアは小走りで一軒のマンションへ向かう。時折、後ろを振り向いては、誰も居ないことを確認する。 「ソフィアです」 「よう、入れよ」  出てきたのは、長めの金髪を散らした男——ケヴィンだった。ソフィアが中に入ると、ソファでレイチェルがタバコをくゆらせている。ソフィアはおずおずとその前の椅子に腰かける。 「それで、今日は追加の報告かしら?」 「はい。担当者たちが、うちとアリスの関係に気付きつつあります」  レイチェルはタバコを潰す。 「なぜ気づいたの?」 「ルイスと仕事をしていた技師が、そう話したそうです」 「そう。誰かしらね?」 「技師の名前まではちょっと。聞けていません」 「いいわ、ありがとう」  レイチェルがケヴィンに目配せをすると、ケヴィンは厚みのある封筒をソフィアに渡す。 「今後も、慎重にね」 「はい。承知しました」  ソフィアは封筒を受け取って立ち上がる。 「それと、もう一つ」 「あ、はい」  ソフィアは椅子に座り直す。 「担当者は、どういった人物なの?」 「一人はサミュエル・ウィスター。英国人です。もう一人はノア・スズキ。彼の方がエンパスです」 「スズキ、ね。あたしが知らない名だわ。イングリッシュ・ネームかしら?」 「はい。本名は、磯部達也」  レイチェルはぴくりと眉を動かすが、それについては何も言及することなく、ソフィアを見送る。ドアが閉められた後、ケヴィンがレイチェルに問いかける。 「知り合い?」 「ええ。よく知っているわ」  レイチェルは、苦々しそうな顔つきで、新たなタバコに火を点ける。 「ケヴィン。今日はドンの所へ行ってくるわ。この事は兄さんたちにの耳にも、入れておかないと」  ドンの書斎には、ドンとレイチェルの他に、二人の幹部が揃っていた。彼らはドンの実子であり、レイチェルにとって一応兄にあたる人物だ。 「警察がうちとの関係に気付きました。ルイスがうちの資金提供を受けた、という確信までは至っていないようですが」  レイチェルがそう言うと、長男のデニスが彼女を睨みつける。 「気付かれたのはお前の行動がバレたからか?」 「いえ。また別の所からの情報だそうです」  次男のヨハンも厳しい目を向ける。 「どのみち、お前とケヴィンだけでは心細くなってきたな」  そうして、更なる追撃を加えようとする二人を、ドンは制す。 「警察がうちに踏み込むようなことにはならんよ、どのみちな。アンドロイドとうちのファミリーが関わったのは、後にも先にもアリスの時だけだ」  確かに、そうなのだが。レイチェルは、こんな事態になった原因を反芻する。  レオナルド・ジョンソン。現在のドンである、マクシミリアン・ジョンソンの父にして、先代のドンである。彼は、ルイス・デュランと個人的な親交があり、秘密裏に交際していた。  そんな彼が、ルイスにアンドロイドのオーダーメイドを頼んだきっかけは、今となっては誰もわからない。しかし、アリスが作られ、レオナルドの手に渡ったのは、確かだった。  レオナルドはアリスを、滅多に人前には出さなかったが、レイチェルは二、三度彼女を見たことがあった。上質なドレスを与えられ、お姫様のように扱われていたアリスの容姿は、今でもよく覚えている。長い金髪に、青く輝く瞳。まさに美少女だった。 「こう言っちゃなんですけどね、父さん」  デニスが口を開く。 「爺さんの遺言書自体、アテになるもんですかね?日付は死ぬ二年前のものだ。アンドロイドの中に預金の番号を記憶させた、なんて、俺は最初から怪しんでいるんですよ」  ヨハンがそれに対して反論する。 「けれど、暗証番号がどこにもないのは事実だよ。遺言書は間違っちゃいないさ」  レオナルドの遺言書は、彼の死後、一週間も経ってから発見された。その間に、アリスはダイナに引き取られ、行方が分からなくなってしまったのである。  ダイナがアリスを隠した理由は、予想が立っていた。彼女は、父がジョンソン・ファミリーと繋がりを持っていたことを快く思っていなかったのだ。引き取った後、預金の暗証番号が記録されていることをダイナは知り、資金を明け渡すまいと動いたのだろう。  デニスとヨハンが口論を続けている間、レイチェルは別なことを考えていた。捜査官のことだ。その内の一人を、彼女はよく知っている。そのことを言うべきかどうか、迷っていたのだ。 「とにかく、だ」  様子見を続けていたドンが、咳払いをする。 「今は警察より早く、アリスを見つけることが肝心だ。ヨハン、必要があれば、お前の部下をレイチェルに回せ」 「承知しました」  デニスとヨハンが部屋を出ていくのを、レイチェルはじっと待つ。扉の前に立つボディーガードを除いてドンと二人きりになったレイチェルは、ノア——達也のことを打ち明ける。 「捜査官にエンパスが居るという時点で、ある程度知り合いがいる可能性があることは考えていました。しかし、彼ほどよく知る人物が出てくるとは……予想外でした」 「この件を、降りるか?」 「いいえ。やらせて下さい、最後まで」  レイチェルは、大きく首を振ってそう答える。  帰り道でレイチェルは、堅苦しい思いを振り払うかのように、ケヴィンが用意しているはずの夕飯のことを考え出した。
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