10、ウィッグで山をつくらないでくださる?

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10、ウィッグで山をつくらないでくださる?

 朝という時間に連想するのは、なんでしょうか。    カーテンで覆われていてもわかる、太陽を迎えて明るくなった世界でしょうか。  鳥のさえずりでしょうか。  起き出した人々の、活動を始めた気配でしょうか。    そんな朝を想起させる要素があふれる時間になって、わたくしはもそもそと起き上がって白ネコのぬいぐるみを抱き寄せました。  白ネコのぬいぐるみは、名前が確か……ナイトくん。ナイトくんです。   「おはよう、ナイトくん。朝ですわ」    ふわふわの白い毛にくちびるを寄せると「目が覚めた!」といった雰囲気のナイトくんがネコミミをぴょこぴょこ動かして、活動を始めます。  白ネコのナイトくんにおはようのキスをして起きてもらう……これは、ナイトくんが初めて動き出してから一日も休まず続けているわたくしの朝の日課だったのです。たぶん。  さて、断罪を回避したわたくしには、学園生活が待っていました。  朝食の時間。  おやすみ前になんとなく読んでいたエヴァンス作の本『虐げられた聖女は冷酷な皇帝に溺愛される』を閉じて、わたくしはお父様に問いかけました。  ちなみに、エヴァンスという作家はわたくしの叔父様だったりするのですが。 「お父様、昨日の断罪バーガーはオヴリオ様にとても喜んでいただけましたの。お父様のおかげですわ。ありがとうございました」 「そうかそうかメモリア。喜んでいただけたのはよかった……よかったかな……ますます好かれちゃうんじゃないかな……」 「お父様?」    お父様は複雑そうで、同席のお兄様が呆れ顔をしています。お兄様は、将来、我が家を継ぐ予定。お名前は、カーテイルお兄様といいます。  眼鏡の縁をキランとさせながら、カーテイルお兄様は緑のサラダ菜を上品に口に運び。のたまったのでした。   「娘とは嫁ぐものです、お父様」 「わかってるよぉ! でも寂しいんだよぉ!」  お父様は、寂しがり屋さんです。 「王家からの圧がものっすごくてさぁ……見て庭。あれ全部贈り物」    窓からチラッと見ると、庭が箱で埋まっていました。昨日帰宅したときは普通だったのに。こわい。 「……あの金色に輝く山はなんですの」  とても気になるものを発見して問えば、思った通りウィッグの山でした。   「ひ、ひとつあれば十分ですわ。なんですあの数。それに、昨日の今日で……な、なんですの。こわい」  オヴリオ様は、やっぱりちょっとおかしいです。     トマトとエビ満載の新鮮サラダをいただきながら、わたくしはお話を戻しました。   「こほん、それで、先ほどのお話なのですけれど……料理長にお礼をお伝えくださいませ。そして、そして……わたくし……」  わたくしは流行小説を思い出しながら、もじもじと伝えました。 「わたくし、本に出てくる聖女様みたいに、婚約者にお料理を作ってみたいのですが」  わたくしは厨房に入ったこともなく、食材の名前も調理器具の名前も、お料理方法もよく知らないのです。  礼儀作法や刺繍、ダンスや楽器演奏を習うことはあっても、お料理は習っていないのです。それは、職人……料理人がするお仕事なのですわ。    けれど、本の中の聖女様は異世界出身者で、誰も知らないようなお料理方法を知っている方でした。  我が家の料理長は異世界出身で、異世界の料理にも詳しい方です。  すなわち、教えを請えばわたくしも物語の中の聖女様みたいになれるのではないでしょうかっ?    ……わたくしはそう考えたのです。 「メモリア、本の中の聖女様に影響されてはいけないよ。その本は流行していて真似する令嬢も出ているらしいが、料理は料理人がするものだから」    カーテイルお兄様は当然のように反対なさるのですが、お父様はここでわたくしの味方をしてくださいました。 「娘ちゃんの手作り料理……パパは食べてみたい」 「お父様……」 「それに、失敗料理で王子殿下に愛想つかされるかもしれないし」 「お父様……!? なんて恐ろしいことを仰るの!? わたくし、失敗料理は闇に葬りますから! オヴリオ様には成功料理だけお召し上がりいただきますから!」  カーテイルお兄様が呆れた様子でため息をつく中、我が家の平穏な朝食時間は幕を下ろしたのでした。       「行って参りますわ」  我が家の門には王家の紋章付きの馬車がお迎えにきていました。  手をわたくしに差し出して馬車に誘ってくださるのは、制服姿のオヴリオ様です。  もう春なのに、首元にはぐるぐるとマフラーをなさっていて、手にはかっちりと手袋をはめて。全体的に、厳重装備って感じです。露出を徹底して減らしている感じです。   「おはよう、メモリア。今日も可愛いな……好きじゃないけど。ウィッグはしないのか」    登校時間は、約束の時間でもあります。朝は『おはよう』と言う――そんな約束でした。 「おはようございます、オヴリオ様。あなたもとても素敵ですわ。好きじゃありませんけどウィッグをあんなに贈ってくださるとは思いませんでしたわ。ひとつで十分だと思いますの」 「そんなことはない。気分に合わせて付け替えるのに、たくさんあって困ることはないだろう」 「そ、そうでしょうか。朝起きたら庭に金色の山ができていて、わたくし驚きましたのよ」 「驚かせたくてやったんだ」 「確信犯でしたか」  手を取って馬車に乗るわたくしの隣を、白ネコのナイトくんがぴょーいっと飛び越えて、先に馬車に乗ってしまいました。 「ナイトくんも、今朝も元気そうでなによりだ」     笑って馬車に乗り込んだオヴリオ様はナイトくんをおひざに乗せて、ふわふわの白い毛をなでなでなさっています。  ナイトくんはそんなオヴリオ様の制服のシャツの前をとめているボタンが気になるのか、ぽよよんとした手でボタンをぐいぐいするのです。  微笑ましいような気もするのですが、そのナイトくんの動作がどうも、わたくしの眼には脱がせようとしているように見えるのですね……。   「ナイトくん、いけませんわ」  わたくしがナイトくんを抱っこしてオヴリオ様から引き離すと、ナイトくんは「仕方ないなぁ」というようにぺったんことお座りポーズをして、大人しくなりました。こういうところは、素直で可愛いのです。  道中は、お天気のお話とか、道端にみえたお花のお話とかをしたでしょうか。  他愛もないお話はとても穏やかな時間を演出してくれて、馬車はあっという間に王立学園に到着したのでした。 「みゃああ」 「だめだよー、ネコさぁん! それ、大切なボクのノートだよぉ!」    王立学園の門近くで馬車から降りると、最近よく見かける真っ白なネコが男の子となにかを取り合っている光景が目に入ってきました。  男の子は、わたくしのよく知っている同年齢の子で、音楽科に在学中のトムソンという名前の従兄弟です。    ちなみに、わたくしは普通科ですわ。
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