5、360日、俺尽くし。振り向けば俺がいる。

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5、360日、俺尽くし。振り向けば俺がいる。

「王子殿下には、よくないお噂もあるじゃないか。呪われているとか」  お父様が仰るので、わたくしは眉を寄せました。 「お父様、オヴリオ様は良い方……のような気がします。たぶん」 「ような気がする? たぶん?」 「あまり覚えていないのですもの」 「メモリア! なんか騙されてたりしないかいそれっ? パパとっても心配だよ!?」  わたくしは「うぬぬ」と記憶を探りました。けれど、あまり思い出せないのです。 「オヴリオ様は……オヴリオ様は……」  記憶を探るわたくしを、お父様はウンウンと頷きながら見守ってくださいます。 「……お肉がお好きな方ですわ」  オヴリオ様は、お肉がお好き。  ふと思い出せた情報が嬉しくて、わたくしはいそいそとお父様にそれをお伝えしたのでした。  そして、パーティに持っていく手土産をおねだりしたのです。 「いつ必要なんだい」 「明日ですわ。夕方までに」 「……急な話すぎないかいっ」  お父様はびっくりしつつ、おねだりに応じてくださるので、その夜、わたくしは安心して眠ることができました。    そして、翌日。   「お嬢様、本当にお美しいですよ。アンは鼻が高いです!」    メイドのアンは張り切ってわたくしを飾り立ててくれました。    ゆったりと袖や裾が広がる華麗なドレスは、オヴリオ様が届けてくださった贈り物です。  黒髪はアンが丁寧に結ってくれて、ドレスによく合う髪飾りで優美に仕上げてくれました。  化粧は透明感と血色の良さを意識して、控えめながらも初々しく映えるナチュラルメイクです。 「お嬢様、貴族の方々の文化や風習って不思議ですねえ。断罪パーティとは何を楽しむ場なのです? 先日のパーティと何が違うのです? 王子殿下って、パーティがお好きですよね」    第一王子ユスティス様が主催の『春の断罪パーティ』は、主に年若い令嬢令息の交流を目的にしていて、ごくごく限られた招待客しか会場に入れないのだそうです。  パーティの名前が不穏すぎるのが気になって仕方ないのですが。 「わたくしとオヴリオ様がざまぁされるのを楽しむパーティかしら」 「まぁ、お嬢様ったら。うふふ」 「う、うふふ……」    パーティ会場は、色合いでいうと淡い金色の印象が強く、煌びやかな空間でした。  壁や柱、天井が細やかに装飾された広い空間で、頭上は白銀の宝石がふんだんに盛られた、キラキラ輝くシャンデリア群。  足元はふかふかの赤絨毯で、並ぶテーブルセットには大輪の花が飾られ、料理がたっぷりと並べられています。 「これから、君をエスコートするのは常に俺だ。360日、俺尽くし。5日くらいは休み。振り向けば俺がいる。特盛の俺。これ、絶対」 「……わたくし、なんだか逃げたくなってまいりましたわ」 「逃がさない」     オヴリオ様は約束通り、わたくしをエスコートしてくださいました。ちょっと怖いですけど。  手にはかっちりとした白い手袋がはめられていて、袖口に銀色のボタンがキラリと輝いています。  恵まれた体格にぴたりと合わせられたフォーマルな雰囲気の衣装は、わたくしに合わせたようなダークな色合いです。  パーティ用にとさりげなく華やかさを凝らされた上品かつ艶美な装いは、美しい王子様にとてもよく似合っていました。    ――格好良い!    目の保養とはこのような方を指す言葉なのでしょう。  ちょっと変人で、たまに怖いかもしれませんが、そしてなにより愛がないかもしれませんが、お飾りの婚約者というのも悪くないかもしれません。 「君が恋焦がれる兄上がこちらを見ているぞ。君が綺麗だから見惚れているのかな」 「まあ」 「ちなみに俺も今日の君は世界で一番可憐だと思う。好きじゃないけど」 「ああ……はい。わたくしも好きじゃないですわ」    ……ですから、いちいちションボリしないでください? あなたが「言え」と仰ったのですわよ?      呆れつつ、パーティ会場を見渡すと、中央付近で『いかにも主催』というオーラを出しながら、第一王子のユスティス様がこちらをじーっと見ています。    ユスティス様は、オヴリオ様と血の繋がりを感じさせる白銀の髪や緑色の瞳です。そして、オヴリオ様よりも線が細くて繊細な印象がある方なのです。  確か、確か……オヴリオ様は剣術や馬術に秀でていらっしゃるのですが、ユスティス様はあまりそういった体を動かす分野にご興味がないのですわ。  お人柄は良い方だったような気がするのです。  優美、という言葉がよく似合う王子様です。  優しそうで、物腰柔らかで、安心できる雰囲気の美青年です。  ただ、顔色があまりよろしくないような……あっ、ふらーっと倒れかけてしまいました。   「きゃぁ、ユスティス殿下!」    悲鳴がワッと湧く中、お隣にいらした聖女アミティエ様がサッと頼もしくユスティス様をお姫様抱っこして、近くにあった椅子に座らせて、周囲を安心させました。   「大丈夫かしら、わたくしの可愛いユスティス様?」 「いやぁ、アミティエ。すまないね……ちょっと心配事があったものだから、寝不足で」  まるで、アミティエ様が頼もしい騎士様。ユスティス様がお姫様。そんな雰囲気です。  見ていると、わたくしの心に「わたくしはこんなお二人をよく知っている」という感覚が湧いてきます。   「夜はちゃんと眠らないとだめよ、ユスティス様」 「アミティエが子守唄を歌ってくれたら眠れるかも」    椅子の前に膝をついてヨシヨシと頭を撫でるアミティエ様に、甘えるようなユスティス様。  とても仲睦まじく、特別な絆を感じさせる雰囲気です。そこはもう、二人だけの空間でした。甘々です。イチャイチャです。見せつけられています。    ……片想いのお相手がご自分のお兄様と『イチャイチャ』しているのは、おつらいのではないでしょうか?  わたくしはそっとオヴリオ様の様子をうかがいました。   「兄上め、隙あればイチャイチャしやがる」 「わたくし思い出しましたわ。アミティエ様は頼もしいお姉様で、ユスティス様はいつもあのように守られているのでしたね」 「そう。君の愛しのユスティス兄上をめぐる恋のライバルが、あちらにいるアミティエ嬢だ」 「アミティエ様は、オヴリオ様が片想いなさっている方ですね?」 「そうだね。片想いだよ」    わたくしの恋敵とおぼしきアミティエ様は、騎士の名家生まれのとても凛々しい聖女様。  燃えるような赤い髪は自然なウェーブを描いて艶々で、肌の色は小麦色。黄金の瞳が綺麗で、華やかな美貌の持ち主。  立ち居振る舞いもキビキビしていて、見ていて気持ちがいいのです。  ……そして、なんだか、わたくしの劣等感をちょっぴり刺激するのです。
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