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OP、俺はメモリア嬢を愛してる
「わたくしたち、実は恋仲ですの」
「俺たち、婚約するんだ」
『元聖女候補』悪役令嬢メモリア。それが、わたくし。
共に声をあげたのは、銀髪緑目の美青年……『呪われている』第二王子オヴリオ様。
ここは、第一王子であり王太子のユスティス様が主催されているパーティ会場。
王太子のユスティス様はこのパーティで聖女アミティエ様との婚約を発表し、アミティエ様に嫌がらせをしたわたくしを糾弾したり、アミティエ様に横恋慕していたオヴリオ様を笑い者にするつもりだったのです。でも、その企てを察知したわたくしたちは手を結び、先手必勝とばかりに仕掛けたのでした。
「元聖女候補の伯爵令嬢と、第二王子殿下が……?」
「伯爵令嬢は王太子ユスティス殿下に、片想いしているとばかり」
「それをいうなら第二王子殿下は聖女アミティエ様に想いを寄せておられるという噂が」
わたくしたちは視線を交わし、語り始めました。
「わたくしが聖女様に嫉妬するはずありませんわ。だってわたくし、ユスティス様ではなくオヴリオ様をお慕いしているのですもの」
途中で頬を赤く染めて扇で口元を覆ったのは、ちょっとだけ恥ずかしくなったからです。
実は、普段は強がっていますが、わたくしは大勢の前で演説したりするのが得意ではありません。
数年前にアミティエ様と聖女の座を争い、適正がアミティエ様より劣るといわれたときに抱いた劣等感が心に今でも暗い影を落としていて、人の視線を気にしてしまうのです。
それに、隠していますが、たまに記憶の一部が欠落する症状もあるのです。
ですから、わたくしはあまり社交的ではなく、人と接することにも本当はちょっぴり苦手意識があるわけで……。
ああ、たくさんの視線がわたくしにっ……!
た、倒れてしまいそう!
オヴリオ様、はやくこの茶番を終わらせてくださいまし!
わたくしがオヴリオ様に視線を向けると、オヴリオ様は余裕の微笑みを見せました。
美形。
端正な顔立ちは、なんだか眩いです。きらきらして見えます。
震えるわたくしの手がオヴリオ様に握られて、わたくしはビクッとしました。
手を握られるのは初めてだったのです。それも、手袋なしでです。素肌です。肌と肌とが触れ合ってしまっていますわ。いやん。
「あ」
わたくしがじーっと手を見ていると、オヴリオ様はパッと手を放しました。
「さ、触ってしまった」
「え?」
……いかにも大失敗といった様子で仰るではありませんか。
「こ、こ、婚約者なのですから、手くらい握っても……構いませんわよ」
「いや」
オヴリオ様は首を振り、気を取り直すように大衆に向けたセリフをのたまいました。
「あー、失敬……こほん。皆、聞いてほしい。俺が兄上に嫉妬するわけがない。なぜなら俺は聖女アミティエ嬢ではなくこのメモリア嬢を……」
一瞬、言葉が途切れて。
オヴリオ様は、わたくしを見て、何かを危惧するように、悩ましげに眉を寄せました。
「ど、どうしましたのよ」
「セーフか? セーフなのか?」
「オヴリオ様? セリフの続きを仰ってくださいまし?」
わたくしが得体のしれない不安を感じつつ先を促すと、オヴリオ様は微妙にぎこちなく、予定していたより回りくどいセリフをアドリブで語り出します。
「メモリア嬢は……美しいと思う。艶やかな黒髪はゆるく曲線を描いていて、ついつい指を絡めたくなる。肌は雪のように白くて、恥じらうときに頬が淡い薔薇色に染まるのが愛らしい。長いまつ毛に彩られた紫の瞳は、どんな宝石よりも美しく、……特別な感じだ」
「まあ」
なんだか、サクッと「好き」と言われるより胸がキュンッとなるではありませんか。
わたくしは扇に顔を隠して、もじもじしながら続きを待ちました。
次はなんて言ってくださるのかしら。
「その……親しい距離感がある。今日まで積み重ねてきたふたりの思い出がある。交わした言葉、ひとつひとつが今の距離感をつくったのだ。つまり……もう言わなくてもわかるだろう? そういうことなんだ。これでいいんじゃないか?」
大切なオチがまだではありませんかっ?
その先が知りたいのではありませんか……?
わたくしは、その先をすごくすごく、聞いてみたいのですが……?
「……」
その想いは会場の皆様も同じだったようで、見えない期待の気配がどんどん高まっていくのが、わたくしにもわかりました。
この国は恋愛小説が大流行している最中でもあり、皆、王侯貴族階級の恋愛には並々ならぬ興味を抱いているのですもの。
わたくしはちゃんとセリフを言いましたのに。
わたくしを好きだとおっしゃってくださいませんの?
演技でも? たとえ、演技でも口にできませんの?
わたくしがジーっと眼差しを注ぐと、オヴリオ様はグッと覚悟を決めたようでした。
そして、朗々と声を張り上げたのです。
「俺は! メモリア嬢を! ……愛してるッ!!」
愛してるッ、愛してるッ……愛してる……、
……なんて甘美な響きでしょう。胸がキュンッとして、幸せな気持ちでいっぱいになるではありませんか。
わたくしがその甘やかで情熱的な響きにうっとりとなったとき。
「きゃあぁぁ!!」
――悲鳴があがりました。
「えっ――――」
悲鳴が上がったのは、きっと、ぴかっと眩く、光が弾けたからでしょう。
わたくしも驚きました。だって、目の前が真っ白で……――、
……
「……」
「……?」
気づけば、わたくしは美しい薔薇が咲き誇る場所にいました。
「世の中はさ、思い通りにいかないことがたくさんあるよな。頑張ってもうまくいかないことがいっぱいだ」
――青年の声がします。
理不尽を嘆くような。
自分を責めるような。
心が今にも折れてしまいそうな。
すぐにそばに寄って、支えてあげたくなるような。
……そんな痛々しい感じの声です。
さや、さやと葉擦れの音がします。風が吹いているのです。
頬を撫でる空気は、生ぬるくて、美味しそうな匂いがしました。食べ物と、飲み物と……それに、花や葉っぱの香りも。
ぱちり、ぱちりと瞬きをすると、段々と意識が鮮明になってきます。
ここは、お城の庭園ではないでしょうか?
庭園に設けられた、いかにもティータイムといった席。そこに、わたくしは座っていました。
白いテーブルセットには紅茶やお菓子が並べられています。
目の前には、まるで王子様みたいな美しい貴公子がいます。
お名前はなんとおっしゃったかしら。
「わたくし、今何をしていましたかしら?」
わたくしは、名前のわからない彼に問いかけたのでした。
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