第一章 少年達の冒険

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 その日の夜、この町では何時ものように旅人や旅人が訪れては賑わいを絶やさないでいた。そんな中ガトーが経営する宿屋の一階には同じくガトーが切り盛りする酒場がある。そのカウンターにレイは座っていた。  静かにコーヒーを飲んでいるレイと、その前で皿を拭いているガトーの姿があった。他の席では旅人たちが飲み食いしながらいろんな話をしているのが聞こえてくる。だがこの喧噪では誰が何を話しているのかさっぱりわからない状況だ。 「もうスグだぜ兄ちゃん」  ガトーがレイにだけ聞こえるようにそう話した、コーヒーカップを口元に当てていたレイもその言葉を聞いてピクリと反応した。そして外が急に騒がしくなった。 「定刻通りだ、大体この時間になるとやってくるんだ」  馬の蹄だろうか、それも一頭ではない。聞こえてくる足音からして三頭から四頭、こちらにだんだんと近づいてきているのがレイの耳にははっきりと聞こえた。楽しく騒いでいた他の旅人たちも蹄の音が聞こえたのだろう、ゆっくりとだがにぎやかだった空間に緊張が走ってきた。そして蹄の音がちょうどこの酒場の前で止まった。 「ようガトー、今日も来てやったぜぇ?」  入り口の扉が勢いよく開くと大きな帽子をかぶったガンマンが入ってきた。その数四人。 「もう来るなって言ってんだろジェームズ!」 「そういうなよ、俺とお前の好じゃねぇか。いいから酒出せよ酒」  ジェームズと呼ばれたのは先頭にいる男だ。腰にはシフトパーソル(銃火器の名称、シフトパーソルは片手拳銃型)がホルスター収まっている。チラチラと見せつけながらゆっくりとガトーの元へと歩いてくる。 「一銭も払わねぇお前等に飲ませる酒なんてねぇんだよジェームズ!」  そこで彼らの足が止まった。今までもこんなやり取りが数回あっただろう。だが今日のガトーの強気なセリフにジェームズは違和感といら立ちを覚えた。以前にも同じような会話があった後ガトーはジェームズのシフトパーソルで左肩を撃ち抜かれている。それからはおとなしくなったと思っていた、そんな腰抜け野郎だと思っていた奴がまた同じような言葉を吠えてきたのだ。 「――ガトー、どうしちまったんだよおめぇ。また撃ち抜かれてねぇのか!」  眉間にしわを寄せながら右手でホルスターからシフトパーソルを素早く抜くとガトーめがけて引き金を引いた。乾いた発砲音が酒場中に鳴り響き硝煙の匂いが立ち込める。だが同時に金属音が鳴り響き、ジェームズの視界が突如として真っ黒になる。左手で顔に覆いかぶさった何かを取ろうとするが空をかすめた。それが液体だと気づくのに時間はかからなかった。空を切った左手で顔についた液体を拭き視界が戻ってくる。 「っち、なんだよ畜生」  だがジェームズは目の前の出来事にわが目を疑った。  確かに引き金を引いた、ガトーに狙いを定めて照準を簡単にだが合わせた。発砲音もした。シリンダーが回り雷管が押されて弾丸が発射された。硝煙の香りもする。間違いなくガトーを撃った。だがガトー本人は無傷のまま静かにジェームズを睨みつけていた。どこにも銃弾による損傷は見られない。だがその代わりにすぐに異変が彼らを襲う。 「うわぁぁっ!」  右斜め後ろにいた仲間の男が突如として悲鳴を上げた、何事かとそいつの方を首を回すとしりもちをついて何かに恐怖しているのが分かった。その視線の先にはもう二人の部下がいる。恐る恐るそちらに視線を送った。 「っ!」  部下の一人が首から上、頭部が破裂している。鮮血が首から吹き上がりゆっくりと後ろへと倒れていくのが分かった。 「な……何が起こった」  今ここで起こったことが信じられないジェームズは訳が分からないまま自分の部下が死んだことを理解できずにいた。そして突如として腹部に痛みが走ったと思った次の瞬間自分が外へと吹き飛ばされていることに気が付く。目の前にまばゆい星空がはっきりと見えた。今までオレンジ色の光が灯る酒場から一転、暗い砂漠の夜へと吹き飛ばされていた。  だがそれ以上に自分自身に何が起きたのかが理解できない。砂の上に落ちたジェームズは三回転がりうつぶせで止まった。起き上がろうと足に力を入れるがいうことをきかない。まるで鉛のように重くなった自分の足がそこにはあった。 「へへ、一体全体何がどうなって――」  顔を上げるとそこに何かが落ちてきた。それは見知った自分の部下の顔だった。首から下は無く顔だけがジェームズの目の前に転がってきた。そう、あの悲鳴を上げた男の顔だ。 「ロバート……?」  何かとてつもなく怖いものを見たのだろう、恐怖で固まったその顔。それを見た瞬間胃の内容物がせりあがってくるのが分かった。 「う……おぇぇ……」  溜まらず嘔吐した。 「畜生、畜生、畜生」  内容物を全て吐き出した後ゆっくりと立ち上がる。右手でシフトパーソルを握り酒場へと銃口を向けた。 「なんだよ、何だってんだよ!」  そこで引き金を引いた。酒場の入り口めがけて残りの五発を撃ち込んだ。発砲音と共に金属音が聞こえてくる。それが不可解だった。そしてその音は酒場の中にいた時も確かに聞こえていた。  シリンダーに入っていた弾薬をすべて打ち尽くしてもなお人差し指はトリガーを引き続けている。空の薬莢を叩く音だけが聞こえている。その騒ぎに気が付いた他の住人が恐る恐る窓やドアから顔をのぞかせてジェームズを見た。 「危ないじゃないかおじさん」  声が聞こえた、少年の声がジェームズの耳に届いた。引き金を引くのを辞めた彼の目に飛び込んできたのは大剣を右手に持って酒場から出てくるレイの姿だった。 「誰だ、てめぇ誰だ!」  腰のポーチから弾丸を取り出してシリンダーの中身を入れ替えるジェームズ。それをただじっと見つめているレイはため息をこぼした。 「ガトーっ! てめぇ俺たちに一体何をしたぁ!」  装填を終えたジェームズは再び銃口を向ける、そしてレイめがけて引き金を引く。だがその弾丸はレイにあたる直前で大剣によってふさがれてしまった。しかしジェームズは構わず打ち続けた。もう一発、もう一発と。 「死ねぇ、死ねぇ!」  そのすべてをレイは大剣で弾いた。その様子を後ろで見ていたガトーも驚きを隠せないでいる。なんて子供だろうと。 「逃げてくれれば一番よかったのですが、仕方ないです」  レイはゆっくりとジェームズの元へと歩き再び弾丸を装填しようとしている所を大剣でシフトパーソルを弾き飛ばし、その返しでジェームズの首を跳ねた。 その様子を後ろで見ていたガトーは思わず今目の前で起きたことに対して驚きを隠せなかった。噂には聞いていたがこれ程までとは予想だにしていなかった事実。 「これが、剣聖の弟子……」 現存する至高の剣士、剣聖の称号を手にした男が育てた剣士。それがレイだった。  夜が明けると昨夜起きたことが町全体へと知れ渡る。  荒くれ者達は度々町に現れては傍若無人な振る舞いで酒場を荒したり、人攫いなんかもしてたという話がレイの耳に入ってきた。西の荒野を拠点とする盗賊団の一部で住民も彼らには程々頭を抱えていたという。  そもそもこの話がレイに持ち掛けられたのはガトーの一言だった、大剣を軽々と持ち上げたレイに何かあると思ったガトーはすぐにでもレイが何者でなんの目的でこの町にまで来たのかを問いただしていた。そこで発覚したのが剣聖カルナック・コンチェルトの弟子である。にわかには信じ難い話ではあったが町の住人の力自慢達やガトー本人でも持ち上げられなかったあの大剣を軽々と持ち上げたレイの言葉を信じてみようと思ったのだという。結果、手を焼いていた盗賊団の一部はレイの手によって処理された。  もちろん町の住人は喜んでいた、だが素直に喜べない人間もいる。ガトーもその一人ではある。まだ年端もいかない少年にこんなことを頼み、あまつさえ人を手にかけさせたのだ。こればかりは本人もかなり悔やんでいた様子だった。事情はどうあれ言ってしまえば殺人である。本人にも負担がのしかかるだろう。そう思っていた。  日が昇りまもなく正午になる少し前になったところでレイが部屋から出てきた。気まずそうな顔をするのはもちろんガトーである。そんなことを余所にレイはカウンターに座るとコーヒーを注文する。 「どうしたんですかおやっさん」  さすがに様子が変だと思われたのだろう、どこか余所余所しいガトーと様子が気になったレイはすかさず尋ねる。 「いや、昨夜はすまなかった」 「何がですか?」  キョトンとした顔で出されたコーヒーに手を伸ばす。 「お前さんの言葉を信じてあんなことを頼んじまったことだ」 「あぁ、気にしないでください。おやっさんが僕に頼まなくても昨夜は同じようになってたんですから」  熱々のコーヒーを口元に運びながらゆっくりと覚まして一口飲んだ。その言葉を聞いたガトーは驚いた様子で。 「同じようになってた?」 「そうですよ、おやっさんが僕に頼まなくてもあいつ等は何時ものようにやってきて暴れてたんだと思います。それを見た僕は彼らを同じようにしてましたよ。だから何もおやっさんが気を病むことじゃないんです」  揺ら揺らとカップの中でコーヒーを揺らしながらそう答えた。それを聞いて少しだけ安堵の様子を見せるガトーだったが、レイの少し寂しそうな表情が目から離れない。 「どうせ旅の途中です、情報収集をするためにもまだこの町に滞在するんですからそれなりに働かせてもらいますよおやっさん。宿泊料と御飯代がタダなんですからそれぐらいはさせてもらわないと僕が先生に怒られてしまいます、なので今の僕はさしずめ用心棒って事で」  その寂しそうな表情はすぐに笑顔へと変わった。 「いや、すまねぇ……代わりに良いものやるからそれで機嫌を取ってくれ」  そう言うとポケットから一つの石を取り出す、それを徐にレイの方に投げるとレイは片手でキャッチした、丸い直径二センチ位の小さな蒼い玉だった、綺麗な石ですねと子供みたいな事を言うレイに男は、 「そいつは幻聖石と言ってな、この地方じゃ滅多に取れない鉱石の一つだ。 その石を左手に持っておめぇさんの剣を右手に持ってよ、それを一緒にするようにイメージしてみな? 良い事が起きるぜ!」  何が何だかさっぱりのレイは言われるままにしてみた、目をつむり両方のイメージを組み合わせる、するとレイの持っている剣と幻聖石は光だし一緒に成るかのようにお互いが共鳴し始める、何事かとレイはとっさに目を見開くと剣が小さくなりそのまま幻聖石の中に吸い込まれた。 「え? え? えぇぇぇ!?」  状況を全く理解出来ないレイに男は 。 「幻聖石、別名『旅袋』っていってな。どんなに大きな物でもその中に収納出来る優れものさ、あんたの剣は大きくて邪魔だろうと思ってな。昔に手に入れたそいつをお前さんにやろうと思ってよ、どうだ? 気に入ったか?」 「もの凄く便利なんですけど、どうやって取り出すんですか?」 「幻聖石を握りしめてその中に入ってる物をイメージするだけで出てくるぜ?」  そう言われるとレイは自分の剣をイメージした、すると幻聖石は蒼い光を一筋剣の形にしながら伸びるとその光は完全に剣へと姿を変える。だが、手には幻聖石は形も残らない。 「剣が出てきたのは良いけど、幻聖石は?」 「幻聖石はもうその剣と融合したから剣を出すと無くなっちまうんだ。その代わり剣を持ちながら幻聖石をイメージすると戻る」  なるほど、そんな言葉を一言零すと大きな自分の剣を幻聖石に納めたまま腰の小物入れにしまった。  その後、レイは町の中を散策し始めた。本来の目的のために情報を集めるとガトーに伝えて酒場を後にする。まず初めに向かったのが町長の家だ。木造だがしっかりとした作りである、特にかざりっけは無いものの屋根に風見鶏がついているのですぐに分かった。あらかじめガトーから教えてもらった特徴だ。  ドアをノックすると町長本人が出てきた、軽く会釈をするレイに対し町長は握手を求めてきた。昨夜のお礼を言いたいとのことだそうで家の中へと迎えられた。少量ではあるが金品を出されたがレイはこれを断る、報酬ならガトーからすでにもらっていると伝えると今度は自分の本題を話し始める。 「――と言うわけなんですが、見かけませんでしたか?」 「そうさねぇ、見た記憶はないんだが……もし何か情報が入れば君に伝えよう。しばらくはガトーの所にいるのかい?」 「はい、しばらくはお世話になるつもりです」 「わかった、では何かあれば使いの者を出そう」  目が覚めた初日にガトーにも同じ質問をし情報が得られなかったが今回も同じ結果となってしまった。まぁそう易々と見つからないのも事実でやっぱりといった感じではあった。それに対して落ち込む様子を見せるも何時もの事だと割り切ってすぐに笑顔を作った。  レイが探し物を初めて早半年、彼の探し物は一向に見つからずこれで十何件目である。この酒場町にやってきたのもその情報収集と手がかりが無いか等を調べるためである。最初こそいつ見つかるのだろうと焦る様子が見えたものの、最近では慣れ始めてきたのか落胆はそこまでではなくなってきた。それでも精神的に来るものがあるのだろう。時折寂しそうな表情を浮かべてはすぐに笑顔を作るといったことが多くなってきている。 「だけどレイ君、探してる君に言うのもなんだが……その、彼は」 「えぇ、そうです。でもあいつは僕の友達なので」 「そ、そうか」  レイが探しているもの、それは彼の親友。
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