葉加瀬清二の遺書

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葉加瀬清二の遺書

 『「私が最も幸福の高みにいる時に、私を殺してください」。旧友たる如月(きさらぎ)陸軍大尉にそう頼んだ経緯を、ここに綴らねばなりません。  どこまで時を遡るかと云いますと、私が高校の教鞭をとった時でも、帝国大学を卒業して銀時計を賜った時でも、中学卒業でもなく、尋常小学校に通っていた時になります。明治天皇が崩御される十三年前のことです。  私、葉加瀬(はかせ)清二(せいじ)は外交官の父のもとに生まれました。傲慢と思われるでしょうが、客観的に見て、私の家庭は周囲よりも裕福でした。故に、私に近づく者達は、決まって金銭慾を孕んでいました。私の閉鎖的な性格は、周囲がぶつけてくる淀んだ慾望から、自身を守るために形成されたのです。  同期生が私に向ける感情は、嫉妬か謀略かの二者択一でした。男は前者、女は後者であることが多かったように思います。そういうわけですから、私が外に出る時は、針鼠(はりねずみ)のように自衛をしていたのです。  そんな私にも友達と呼べる存在ができたのは、尋常小学校に入学した時分でした。私が落とした筆を拾い上げた彼は「如月(いさむ)」と名乗りました。  彼の(ひとみ)の色は、深い黒と、純白の光との対照性(コントラスト)で作られていました。愚直とも言えるほどまっすぐな視線は、あまりにも単純でした。一切の(たくら)みを感じなかったのです。  頭脳(あたま)だけしか取り柄のない私に比べて、彼は成績だけでなく、運動に於いても優等でした。爽やかな短髪を携える彼は、非常に実直な性質でした。そんな彼ですから、学内で孤立している私を気にかけるのは、ある意味必然だったと云えるのでしょう。  それから、私と彼は、共に図書館へ行ったり、課題をこなしたりする間柄になりました。  そうしてひと月ほど経過した時、私は彼の古馴染みだという女の子を紹介されました。その日は如月くんの家で本を読む予定になっていたのですが、如月くんが私に内緒でその子を連れてきたのです。
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