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第1章・絶望の果てに 5ー③
アイシャは、脳への障害がないと改めて検査で分かると、やっとファイザルから自由に動くのを許された。
気が付くと、水の中で眠る我が子の姿を、習慣のように見に来るようになっている。
話が通じる訳ではないが、アイシャはまだやっと人の形を成したばかりのサラに、何かと話し掛けていた。
あれから、アイシャは女達と夕食を取る事を拒んだ。
あんな事があったのだからと、ファイザルもそれを止めなかった。
ファイザルは、アイシャへの態度をそれから一変させた。
あれだけ欲望のままに、体を求めて来たファイザルが、階段から落ちて以降はアイシャの体を求める事をしなくなった。
ただ、アイシャを膝の上に抱き寄せたり、飽きる程キスしたりと、気恥ずかしくなるような睦み合いは激しくなった。
特にファイザルの足の間に座らされ、背後から耳や首筋に熱い口付けを繰り返されると、アイシャも何とも言えないものが胸に込み上げて来て、息苦しくなる。
ファイザルが女達全員に、こんな甘いキスをしているとは思えない。
自分だけが特別なのではないかという、優越感が込み上げてくる。
それと同時に、王族が犬族を愛でる訳がないとも思う。
ファイザルの気紛れなのか。
遊びなのか。
物珍しいからか。
だが、以前のセックス三昧だった時には、自分が『実験体』だという意識が消える事がなかったが、今はそれを全く感じない。
それどころか、余りの熱烈な抱擁に目眩がする程だ。
ファイザルは自宅の地下に研究室があり、そこに何人かの研究者が出入りしていた。
サラと会っていると、入れ替わりに何人か覗きに来るので、軽い会釈だけはするようにしている。
その中には、先日の王族でありながら両性であるジャラールもいて、アイシャを見掛けると露骨に嫌な顔をしてくる。
あの時も感じてはいたが、ジャラールはファイザルに特別な感情を抱いている。
恐らく、アイシャの存在が疎ましくて堪らないのだろうとは察せられた。
アイシャは時々、ファイザルの仕事する姿を覗きに行く。
すると、すぐに抱擁し、キスするのが止まらなくなるので、研究室では体に触れるなと約束させなければならなかった。
サラにひとしきり話し終えて、アイシャはいつも通りファイザルの研究室を覗いてから帰ろうと思った。
時計を見ると、いつもよりかなり遅い時間だった。
ファイザルの研究室にも、もう誰も残っていない筈だ。
しかし、中から人の息使いのようなものが聞こえた。
「ファイザル様……そこ、そこは……」
「……ここが感じる所か」
「あん!あん!……イイっ!……そこ、スゴいっ!」
診察台に寝ている男は、両性であるジャラールだった。
ジャラールは、全裸で快楽に体をくねらせていた。
そして、そのジャラールの体を悦びに導いているのは、違う事なくファイザルだった。
「ああっ!ああっ!……ファイザル様ぁ!」
ジャラールは喘ぎながら、アイシャの瞳と視線を絡み合わせた。
そして、ニヤリと片方の口角を上げて笑みを浮かべた。
「ファイザル様の手がぁっ、……こないだよりも、激しっ……!ああっ!……やん!」
「感じやすい体だな」
「ファイザル様が……いつも、スゴいからぁ……、ああんっ!」
アイシャは、ゆっくりと後退った。
いつも、とジャラールは言っていた。
王族であるジャラールは、恐らくアイシャよりも確実に有能な卵子で、有能な子供を生む。
本人も自分の方が優れた母体だと、アイシャを見下していた。
ファイザルがアイシャを抱かないのは、ジャラールで欲望を晴らしているからだ。
それが例え、実験の為であったとしても、犬である自分よりファイザルを満たすだろう。
ましてや、すぐに一人果てて気を失うような虚弱な自分よりも、性の持続力がある王族の方がより楽しめる筈だ。
自分だけが特別なのではないかなどと、驕っていたのが恥ずかしい。
アイシャは、ファイザルの部屋には戻れなかった。
そのままサラの部屋に戻り、その部屋で内側から鍵をかけた。
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