第2章・愛に溺れて 1ー③

1/1
前へ
/35ページ
次へ

第2章・愛に溺れて 1ー③

「やっ……、嫌だっ!お前に抱かれるのはっ……」 「アイシャ……」 「触っ……、触るなっ。子供が、出来っ………いや……」 ガタガタと体を震わせるアイシャは、快感よりも恐怖が勝っていた。 ファイザルは、大きな溜め息をつく。 あの時は、アイシャを無理矢理に孕ませてしまった。 そして事故からとはいえ、流産したかのように、子供を取り上げてしまった。 その心に傷がない訳がない。 ファイザルは、これ以上アイシャを傷付けたくなかった。 綿にくるむように大事にしてやりたかった。 いっぱいキスをして、いっぱい抱き締めて、大丈夫だと安心させてやりたかったのに、また傷付けてしまった。 「……アイシャ、悪かった……」 ファイザルは、アイシャの体から離れた。 ファイザルは相変わらず顔に表情はなく、感情を露にしてはいなかったが、その尾は毛穴まで萎れたようにダラリと垂れ下がっていた。 「……今は、しない。だが、ここからお前を出す訳にも行かない。……物凄く、お前としたいが……我慢する」 「……はぁ?」 「お前を大事にしたいから、したいが……しない。……苦しいが、堪える事にする」 「……何言ってんだよ、アンタ……。俺じゃなくても、他にヤる奴がいるだろ」 「女の事か?あれらには、もう交尾しない」 「いや、他にも実験で交尾するって言ってたじゃねーか。来てただろ……中央省庁から」 「ジャラールの事か?あれは適正検査で合った精子と受精させるつもりではあるが……」 「アンタので受精させんじゃねーの?」 「私のとは、相性が良くない」 「でも、……セックスはしてんだろ……」 アイシャは、まるで浮気を責めている女のような気持ちになってきて、居たたまれなくなった。 「……私と?ジャラールが?……してないぞ?」 「嘘つけ!こないだ、研究室でっ……」 言いかけて、アイシャは自分の口を押さえた。 これではまるで、自分が覗き見したみたいだと思った。 何でこんな事を口走ってしまうのか。 これではまるで……。 「アレを見たのか。あの時は、精子を採取して、卵巣の状態を確認していた。何故、王族が両性であるのか解明する為と、定期的に検査して、発情期にベストの状態で受精に持っていきたいからな」 アイシャは、ファイザルが研究馬鹿であるのを忘れていた。 この男に、そんな甘い感情がある筈がなかった。 「ジャラールは、お前の治験体か」 「プライドの高い王族の治験は難しい。せっかく本人がなりたいと言っているのに、問題はないだろう?念書も取ってあるぞ」 「そしたら、まだ繁殖期の俺は、次の違う精子を受精させられんのか……」 「誰がさせるか!」 ファイザルがいきなり怒鳴り散らした。 「お前には、私の精子しか受精させない!体外受精が確実だが……交尾で妊娠出来ると分かっているのに、……だから……何故、交尾で受精させないかというと……、お前がまだサラを取り出して間がないから、辛いだろうと……」 ファイザルは中盤から、言葉がしどろもどろになり、よく分からない事を言い出した。 アイシャの方が、それを聞いて顔を赤くした。 ファイザルは、何を言っているのだ。 そんな事を言われたら、それは、もう、逃れようもなく、そうとしか言いようがない。 アイシャは、ファイザルが自分の感情に気が付いていないのだと思った。 どうしよう。 言ってやるべきかどうか。 だが、それを自分から言うのは悔しい気がする。 2人に足りないのは、言葉と時間だと思った。 お互いに体の関係が先行し過ぎて、余計に迷路へと嵌まり込んでしまった。 少し、ゆっくりと歩きたい。 ファイザルが、自分の気持ちに気が付くまで。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

86人が本棚に入れています
本棚に追加