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第2章・愛に溺れて 1ー③
「やっ……、嫌だっ!お前に抱かれるのはっ……」
「アイシャ……」
「触っ……、触るなっ。子供が、出来っ………いや……」
ガタガタと体を震わせるアイシャは、快感よりも恐怖が勝っていた。
ファイザルは、大きな溜め息をつく。
あの時は、アイシャを無理矢理に孕ませてしまった。
そして事故からとはいえ、流産したかのように、子供を取り上げてしまった。
その心に傷がない訳がない。
ファイザルは、これ以上アイシャを傷付けたくなかった。
綿にくるむように大事にしてやりたかった。
いっぱいキスをして、いっぱい抱き締めて、大丈夫だと安心させてやりたかったのに、また傷付けてしまった。
「……アイシャ、悪かった……」
ファイザルは、アイシャの体から離れた。
ファイザルは相変わらず顔に表情はなく、感情を露にしてはいなかったが、その尾は毛穴まで萎れたようにダラリと垂れ下がっていた。
「……今は、しない。だが、ここからお前を出す訳にも行かない。……物凄く、お前としたいが……我慢する」
「……はぁ?」
「お前を大事にしたいから、したいが……しない。……苦しいが、堪える事にする」
「……何言ってんだよ、アンタ……。俺じゃなくても、他にヤる奴がいるだろ」
「女の事か?あれらには、もう交尾しない」
「いや、他にも実験で交尾するって言ってたじゃねーか。来てただろ……中央省庁から」
「ジャラールの事か?あれは適正検査で合った精子と受精させるつもりではあるが……」
「アンタので受精させんじゃねーの?」
「私のとは、相性が良くない」
「でも、……セックスはしてんだろ……」
アイシャは、まるで浮気を責めている女のような気持ちになってきて、居たたまれなくなった。
「……私と?ジャラールが?……してないぞ?」
「嘘つけ!こないだ、研究室でっ……」
言いかけて、アイシャは自分の口を押さえた。
これではまるで、自分が覗き見したみたいだと思った。
何でこんな事を口走ってしまうのか。
これではまるで……。
「アレを見たのか。あの時は、精子を採取して、卵巣の状態を確認していた。何故、王族が両性であるのか解明する為と、定期的に検査して、発情期にベストの状態で受精に持っていきたいからな」
アイシャは、ファイザルが研究馬鹿であるのを忘れていた。
この男に、そんな甘い感情がある筈がなかった。
「ジャラールは、お前の治験体か」
「プライドの高い王族の治験は難しい。せっかく本人がなりたいと言っているのに、問題はないだろう?念書も取ってあるぞ」
「そしたら、まだ繁殖期の俺は、次の違う精子を受精させられんのか……」
「誰がさせるか!」
ファイザルがいきなり怒鳴り散らした。
「お前には、私の精子しか受精させない!体外受精が確実だが……交尾で妊娠出来ると分かっているのに、……だから……何故、交尾で受精させないかというと……、お前がまだサラを取り出して間がないから、辛いだろうと……」
ファイザルは中盤から、言葉がしどろもどろになり、よく分からない事を言い出した。
アイシャの方が、それを聞いて顔を赤くした。
ファイザルは、何を言っているのだ。
そんな事を言われたら、それは、もう、逃れようもなく、そうとしか言いようがない。
アイシャは、ファイザルが自分の感情に気が付いていないのだと思った。
どうしよう。
言ってやるべきかどうか。
だが、それを自分から言うのは悔しい気がする。
2人に足りないのは、言葉と時間だと思った。
お互いに体の関係が先行し過ぎて、余計に迷路へと嵌まり込んでしまった。
少し、ゆっくりと歩きたい。
ファイザルが、自分の気持ちに気が付くまで。
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