第2章・愛に溺れて 2ー①

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第2章・愛に溺れて 2ー①

ファイザルは鎖からアイシャを解放しようとはしなかったし、服も与えようとはしなかったが、以前以上に大切に扱っていた。 とにかく、触れる事もしない。 それは、この間の暴走を反省しているからだと思われた。 逆にアイシャから触れようとすると、体をビクッとさせる程だ。 これにはアイシャの方が罪悪感が湧きそうになった。 「なぁ、繁殖の為の実験なら、もう俺でなくても良くね?」 「お前では実験はしない。……これからは」 「そんじゃ、前みたいに召し使いに戻してくれよ」 「駄目だ。……もう、お前に労働をさせるつもりはない」 「俺のいる意味ないじゃん。そしたら、いつ廃棄すんだよ」 「廃棄などしない!」 「何で?」 ファイザルは何故と聞かれると、無言になる。 こんな感情は初めてで、それが何という名前の感情なのかが分からないのだ。 ファイザルが悩むのを見て、アイシャも自分の気持ちを整理していた。 ファイザルに対する怒りは、もうない。 それどころか、今となってはファイザルに情のようなものすら感じている。 ジャラールに対する感情は、間違いなく『嫉妬』だったと思う。 自分一人が味わう特別なものを、同等、もしくはそれ以上に体験しているかも知れないジャラールを妬んだのは確かだった。 アイシャは、ソファーの隣に座るファイザルの頬にチュッとキスすると、ファイザルの尻尾かピンと直立した。 頬へのキスを繰り返してやると、その尻尾をバッサバッサと激しく振り回している。 顔は相変わらず無表情だったが、余りにも分かりやすい感情表現に、笑いがを堪えるのに苦労した。 「キスは嫌いか?ファイザル……」 「……好きだ」 「もう止めるか?」 「……もっと、してくれ」 「そしたら、アンタからしたら?」 ファイザルはアイシャにおずおずと手を伸ばし、触れるだけのキスをした。 これが本当に、先日まで時間があれば自分を犯していた男だろうか。 アイシャがファイザルの唇をペロリと舐めてやると、それで何かが切れてしまったのか、チュッチュッと何度もキスを繰り返し始めた。 まるで愛情に飢えた子供のようだと思った。 恐らく、ファイザルは親にも優しくされた事がないのだろう。 脱水症状の人間が水分を求めるように、ファイザルはアイシャへのスキンシップを求める。 アイシャは、その口内へ舌を差し込んで歯茎を舐めてやると、その舌を逃すまいと絡めて来た。 「……アイシャ……。……アイシャっ……」 「……キス、気持ち悦いか?」 「……堪らない……」 もう、駄目だ。 アイシャは、ファイザルを愛しく思う気持ちを偽る事は出来なかった。 番でない男を愛してしまった。 自分にはきっと天罰が降る。 だが、もう番のフェリドの元へは、帰れないと思った。 種族が違うだけではなく、身分も違う。 この想いは、きっとお互いを不幸にする。 だが、この腕を振り払う事は出来ない。 未来がないと分かってはいても、もう離れられなくなっていた。 「……ファイザル……。もっと……キスしてくれ」 「アイシャっ!」 「あぁっ……んんぅ……」 酒に酔ったかのように、二人はお互いの唇に酩酊した。 いつまでも、その唇を離そうとはしなかった。 そんな二人を、僅かに開いた扉の向こうから、燃えるような瞳で見つめる視線があった。 「許さないわよ……犬の分際で。お兄様を堕落させた報いは受けてもらうわ」 犬歯によって、その噛み締めた女の唇からは血が流れ、怒りを露にしていた。
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