序章・生きる為に ②

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序章・生きる為に ②

アイシャの育った犬族の村は、人数も少ない小さな集落だった。 やっとの思いでたどり着いた故郷は、以前と変わらず、ゆったりとした時間が流れていた。 きらびやかな城が建ち並ぶ首都アルザークとは違い、密林の中にひっそりと佇む木造の家々に住む獣人逹は、子供と年寄りと、子作りに帰って来ている若い番逹だけだ。 アイシャは、懐かしい我が家へと足を向けた。 家に帰ると、先に帰って来ていた番のフェリドが出迎えてくれた。 「アイシャ!発情期に入ったと聞いて飛んで帰って来たのに、お前がいつまでも帰って来ないから……心配したよ?」 「ごめん……フェリド」 アイシャは目尻の切れ上がった野性的な風貌だったが、番のフェリドは優しい面差しの女性的な容姿をしていた。 髪や尾は共に銀色だったが、ふわりとした柔らかな毛並みの温厚なフェリドは、見た目の印象が同じ犬族でも全く違っていた。 「今日はやっと、俺逹の初めての『床入れ』になるね。やっと、アイシャと愛し合える」 「待ってくれ。フェリド。……ところが、そういう訳にはいかないんだ。……俺は、追われている」 「え?何で?発情期が来てるんだから、合法的にも村へ返して貰える筈だよね?……アイシャは、確か生物学者のファイザル様に仕えてたでしょ?そんな権威ある人なら尚更……」 「そうだな。獣人の生態に詳しいあいつなら、そんな法を侵す事はない筈なんだけどな」 アイシャは、王族でも最も権力を持つ知識人であり、アルザークの中央組織でも力を有するファイザルに仕えていた。 ファイザルは、他の王族をも平伏させる権力を持っていた。 それは、ほとんどが獣の顔や毛深い皮膚を持つ獣人である王族の中でも、珍しい『ヒト型』の獣人だからだ。 『ヒト型』の王族は、古より神の生まれ代わりとして崇められていた。 王族は、あらゆる力が他の一族よりも優れていたが、その旺盛な性欲に反して子供が産まれるケースが少なく、今は減少の一途を辿っていた。 ファイザルは、その生態の研究に関しての権威でもあり、ヒト型である神の申し子として、突出した存在だった。 「何故かは分からない……。だけど、俺が発情期だから帰してくれって言ったら、捕まって閉じ込められたんだ。何とか隙をついて逃げて来たけど、多分、追われてると思う」 「何も悪い事してないのに?何で捕まるの?」 「分かんねぇよ!ちゃんと病院で発情期の認可も取って来て、提出したし!普通に帰って来れる筈だったんだ!」 帰らせてくれとファイザルに言うと、その直後から部屋の鍵をかけられ、軟禁状態にされた。 アイシャは、人気のない夜中に音を立てないように、布で押さえながら窓ガラスを割り、そこから抜け出した。 「フェリド……。俺と一緒に誰も追いかけて来ない所へ逃げてくれ。ここにいたら、必ずファイザルが追ってくる。村のみんなにも迷惑をかけたくない。……だから」 「分かったよ。すぐに準備するから待ってて」 フェリドはアイシャの頬に軽いキスをしてから、衣類や、生活道具などを鞄に詰めていく。 本来なら狩猟民族である獣人は、獲物を捕らえる能力には秀でていたので、食料の心配はない。 アイシャもそれに倣おうとしたその時、大きな物音を立てて大勢の貴族達が雪崩れ込んで来た。 赤や褐色の髪の追跡者逹は、武器を手にしていた。 「アイシャ。許可もなく帰郷するとは、どういうつもりだ」 「何だよ、お前ら!」 「お前の帰郷は認可されていない」 「許可は取った!政府にも、主にも提出もした!……何の落ち度もないのに、何で俺が捕まんなきゃなんねーんだよ!」 「その認可は却下された。すぐに、このままファイザル様の元へ帰るんだ」 アイシャは貴族逹に包囲され、口を封じられ腕を縛られた。 暴れようとしても、軍人として鍛えられた貴族逹には歯が立たない。 フェリドもその囲まれた貴族逹の向こうから、声を荒げていた。 「アイシャは発情期を迎えているんだ!出産期間は例え王族でも妨げる事は出来ないはずだろうっ!?」 「妨げてはいない」 「それなら何故っ……」 「アイシャは既に妊娠している。よって、我々はそれを保護しなければならない」 貴族の言葉に、フェリドは絶句した。 情に厚い犬族は、定められた番以外と交尾する事は禁忌としている。 アイシャがそれを侵してまで、別のオスと交尾したとは思えない。 「なっ、何かの間違いだっ!アイシャは俺と……」 「もう、子供がいる腹には、種付けは出来ないぞ」 貴族逹は暴れるアイシャを、連行して行った。 フェリドには、その真偽を確かめる術がなかった。
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