第2章・愛に溺れて 3ー①

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第2章・愛に溺れて 3ー①

ファイザルが自分達には交尾しない。 それが口だけでなく、本当に実行しているのだと分かると、女達は次々とファイザルの城から去って行った。 最後に残ったのは、ファイザルの妻であるスルターナと、妹のレイラだけだった。 そんな2人を差し置いて、ファイザルは夕食をアイシャの自室で取るようになった。 とにかく、ファイザルの全ての欲求を満たしてやると、アイシャは服を与えて貰え、鎖も外された。 その激しいスキンシップは呆れる程で、常にアイシャを膝の上に乗せ、歩く時も抱えて行こうとするので、足が退化するからやめてくれと文句を言う。 だが、それだけ密に触れ合っていても、ファイザルは決してセックスをしようとはしなかった。 ベッドで共に横になっても、アイシャを抱き締めるだけで、性的な意味での触れ合いはしてこない。 性行為のない穏やかな関係は、2人を幸福感で満たしたが、オスの本能の部分では餓えを感じるばかりになり。 特にアイシャは体内のサイクルが狂い、まだ発情期を脱してはいなかったので、オスの生殖本能だけでなく、メスの部分でも渇きに悶えていた。 それも、あれだけ激しい交尾をした記憶がアイシャの脳裏を苛んで、夢にまで出て来た日には、自らの淫乱さを恥じてファイザルの顔を見る事が出来なかった。 アイシャは、いつも時間が空くとサラに会いに行く。 近頃は水槽の中で活発に動くようになって、目を開けるようにもなった。 視線が合うと話が通じているような気になってアイシャを喜ばせたが、まだ見えているわけではないらしい。 それでも、腹で育てられない分も懸命に話し掛けて、母子の交流を深めようとした。 サラは、美しい黒髪の女の子だった。 その毛並みはアイシャに似て直毛ではあったが、それ以外はヒト型の王族の子供にしか見えない。 色素の薄い犬族よりも、圧倒的な優性遺伝子を持つ王族の血が色濃く出ているようだった。 黒髪だけでなく、黒い瞳や彫りの深い顔立ちも、ファイザルが赤子の時はこんな容貌だったのではと思わせる。 アイシャが話し掛けると、手足を大きく動かすので、まるで喜んでいるようにも見えたが、逆にファイザルが水槽を覗くと、サラはその動きを止めて、瞬きもせずにファイザルと見つめ合う。 まるで、テレパシーでも通じているかのようだったので、ファイザルにそれを聞くと「そんな非科学的な事があるか」とそれを一蹴した。 ある日、アイシャがいつものようにサラを見に行くと、扉が少し開いていた。 サラの部屋は、アイシャ以外はファイザルと研究員しか入れないようになっていて、鍵だけでなく眼紋認証を通過しなければ入れない。 それ程に強固なガードが成された扉が、こんな風に放置されているのは考えられなかった。 嫌な予感がする。 アイシャは焦燥感に駆られて、部屋へ飛び込んだ。 水槽にはひびが入っていて、中の羊水が漏れ出していた。 それを更に叩き割ろうとしているのは、ファイザルの妻のスルターナだった。 アイシャはすぐに、近くの警報器を鳴らした。 そして、スルターナの体に飛び掛かった。 不意をつかれたスルターナだったが、アイシャより20センチは大柄な体を暴れさせ、押さえ込もうとするアイシャの手を振り払う。 その手には鋭利な刃物が握られていた。 「こんな子供がいなければっ!ファイザル様は、お前などに見向きもしなかったものをっ!子供もろとも死ぬがいい!」 「ぐぁっ!……ちっくしょっ……」 小柄なアイシャと、王族であるスルターナとの力の差は歴然としていた。 スルターナが握る刃の刃先が、アイシャの腕をかすめる。 脇腹を切りつけられた時は、皮を越えて身を抉っていたので、そこから鮮血か滴り落ちた。 「ファイザルっ!ファイザル~!」 アイシャは喉が裂けんばかりに絶叫する。 幾つもの足音が聞こえて、アイシャに乗り掛かるスルターナは捕らえられた。 意味不明な言葉を吐きながら激しく暴れていたが、数人の貴族達によって取り押さえられ、連行された。 アイシャは、脇腹の痛みに朦朧としながら、ファイザルが叫ぶ声を耳にした。 「……サラ、……サラを……」 「大丈夫だ。アイシャ。サラはギリギリ外に出しても生きられる位には成長している。すぐに保育カプセルに移し替える」 「……そう、良かった……。でも、何でスルターナがここへ……」 「あらかたの想像はつく。お前は心配しなくて良い。……腕は大丈夫だが、腹は縫うかも知れんな」 「今から、……嫌な事……言うな。……逃げ出したくなる……」 アイシャは救急隊員に連れられて、すぐに応急措置をされた。 アイシャの横腹には、一生消えない傷痕が残った。
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