第3章・安住の地で 1ー①

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第3章・安住の地で 1ー①

アイシャの傷が塞がる頃には、サラは寝返りを打てるようになっていた。 サラは、常に隣にいたアイシャを母親だと理解していて、とにかくその腕から離れようとはしない。 抱き締める我が子からの惜しげもない愛情に、アイシャは幸せを感じていた。 もしかしたら、こんなにゆったりとした幸せな時間を過ごすのは、生まれて初めてかも知れない。 アイシャとサラが並んで、初めての交配種であるとメディアに放送されると、その反響は凄まじかった。 勿論、古くからの王族の「穢れた犬の子だ」という声もあったが、概ね「王族を救う救世主の子」として受け入れられた。 それは、神の申し子と名高いファイザルの子供だったのもあったが、それだけ王族の子供が生まれ難くなっているという危機感は、尋常ではなかった。 「ファイザル……。お前……、わざと自分を実験台にして子供を作ったのか?獣人達に文句を言わせないように」 「そんなつもりがない……訳ではなかったな。多少、私の子供であれば世間を納得させる自信はあった。その次が、あらゆる配合種が産まれても、私の後なら長い目で見て貰えるとは思っていたし」 サラの後には、シャザールの産む金の犬族と褐色の貴族の子が、そして貴族と王族の子がと、次々に子供達が生まれる予定だった。 後は、王族同士の子供が産まれれば、この薬も全ての条件を満たす事となる。 「でもさ、王族って難しいんじゃねぇの?プライド高いから、なかなか引き受けてくれなさそう」 ファイザルの部屋で、サラにミルクをやりながら、アイシャはボソリと呟いた。 「この研究には、時間がないんだ。王族を滅亡させる訳にはいかないからな。お前の時もそうだったが、多少、強引な方法で進めてはいる」 「え?まさか、強姦させてるんじゃないよな?ていうか、シャザールもよくアンタ以外の子供で納得したな」 「まぁ、そうだな。それぞれに初めのうちは、やや無理矢理に受精させた。だが、報道されてからは全員が希望してきた者ばかりだぞ?不妊の者や、犬族も番のいなくなった者からは希望が増えているし。今日で35件目の治験だが、今のところ失敗はない」 「……初めの何人かの獣人達には、同情するよ……。アンタのやりそうな事は想像出来る。どうせ、半分、だまくらかして無理矢理に交尾させたんだろ」 「今は文句が出てないんだから構わないだろう?……お前もサラは可愛くないのか?」 アイシャは、その自信に満ち溢れた物言いに、ムッとしながらも頬を染めた。 サラが愛しくて仕方がない。 自分は性格的に父親にはなれても、母親としての適正があるとは思えなかったが、こんな風に自分が母として溺愛す出来るとは思ってもみなかった。 「ファイザルが、俺を強姦したのを許せるかって言われたら、許せない。でも、もうその怒りは収まってはいるし、サラは可愛い。……お前は、どうなんだよ。サラを可愛いとは思わねぇのかよ?」 「愛しいと思っている。私は、生まれた時から『神の申し子』として人目に晒されて育ったから、親というものの存在意義が分からなかったが……自分の子供がこれ程に愛しいものなのだとは、思いもしなかった」 アイシャは、その偽りないファイザルの言葉を聞いて、胸が熱くなった。 この子が生まれて来てくれて良かった。 二度も命を狙われながら、生き伸びてくれて良かった。 そう思うと同時に、言葉も惜しまないファイザルの愛情を一身に受けるサラを羨ましくも思った。 今のアイシャは、ファイザルにこの上なく大切にされてはいたが、言葉として何かを告げられた事はなかった。 ファイザルにとって自分はどんな存在なのだろう。 感情表現の下手なファイザルに、無茶は言いたくなかった。 だが、自分もサラのように『愛しい存在』でありたいと思っている。 そう考えて、アイシャもファイザルにその気持ちを告げた事がないのに気が付いた。 自分もまた、そういう事に関しては不器用な方だった。 アイシャは、ミルクを飲み終えたサラを自らに凭れかけさせ、背中を撫でながら、ゲップを促した。 「……アンタには、感謝してるよ。俺にサラを与えてくれたから。……今は、ファイザルが父親で良かったって、思ってる……」 言ってしまった!と思って、サラの体に顔を埋めるようにして、その赤い顔を隠していると、おもむろにサラを取り上げられてしまった。 サラを取り上げた男は、顔をムッとさせていたが、尻尾を千切れんばかりにグルグルと回転させている。 この、顔と尻尾の落差はどうにかして欲しいとアイシャは思った。 「……もう一度、言ってくれ。アイシャ……」 「……んだよ……。聞こえてたんだろ」 「もう一度、聞きたい。……お願いだ、言ってくれ」 「ファイザルが、……父親で良かった……よ」 「アイシャ……」 「お前は、どうなんだよっ!体の相性が良ければ、他の奴でも良かったんだろっ!」 「馬鹿を言うな。……私も、お前が母親で良かったと思っている」 ファイザルはサラを抱きながら、その長身を屈めて、アイシャの唇に口付けを落とした。 もっと、色っぽい言い方はないのか、と腹立たしく思ったが、自分も同じようなものだったので、文句は言えなかった。 長く、優しい口付けを交わす二人の間で、サラはご機嫌な笑い声を発していた。
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