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第3章・安住の地で 2ー②
フェリドがアイシャを呼び出した場所は、都市アルザークの下町、密林との越境線付近だった。
そこは金網で仕切られていたが、出産で故郷に帰る犬族の為に門が設けられていた。
アイシャの体は霧雨でしっとりと濡れ。
尖った耳だけが、その警戒心を表していた。
「久しぶりだね。アイシャ。会いたかったよ」
「……フェリド……」
「前より、色っぽくなったね。……あの男と交尾したからかな」
「サラを返してくれ。……サラを抱かせて……」
「いいよ」
フェリドは、アイシャの腕にサラを渡してやった。
母の腕だと確認したサラは、キャッキャッと喜びの声を上げる。
フェリドは、サラごとアイシャを抱き寄せ、耳元にキスをした。
その感触に、アイシャの体はビクンと震えた。
「アイシャ……今度は、俺の赤ちゃんを産んでくれる?」
「フェリド……お前……」
「また俺のものに戻ってくれるなら、アイシャの不貞を許してあげるよ。俺がアイシャの処女を貰えなかったのは、凄く悔しいけど。……必ずあの男を忘れさせてあげるから」
フェリドは普通じゃない、とアイシャは思った。
いくら嫉妬に駆られたとしても、王族の、それもアルザークの権力者であるファイザルの子供を誘拐するなど、正気の沙汰ではなかった。
犬族が王族に歯向かう事は、理由の如何に関係なく死刑しかない。
例え、もしそれが王族の方に非があったとしても、犬族はそれに抗えない。
「その首輪、むかつくな。犬族を獣人として思ってない王族の高慢さが見えて、腹が立つ」
フェリドはポケットから簡易ナイフを取り出した。
「な、何するんだっ!?」
「外してあげるんだよ。胸クソ悪いから。ちょっと、じっとしててね」
フェリドは、首輪と、アイシャの首の間にナイフを差し込み、ギリギリと首輪の皮の部分に切れ目を入れた。
アイシャの首が、チリッと焼けるように痛みを感じたのは、ナイフの切っ先が食い込んだからだ。
時間をかけて、首輪は千切れた。
アイシャはその残骸を見て、ファイザルとの断絶を連想させて、深い絶望に囚われた。
「サラは巻き込みたくない。置いて行っていいだろ?」
「そうだね。これから、新しい子供を作るしね。足手まといにもなる。忌々しい王族の子供はいらないね」
アイシャは上着を脱いで、サラをくるんだ。
そして、柵の下にそっと寝かせると、外された首輪もそこに置いた。
「前に言ってたよね?アイシャが俺に『一緒に逃げてくれ』って。やっと、それを叶えてあげられる。森の一番奥に逃げて、二人の子供を沢山作ろう?」
フェリドはアイシャの手を引いて、密林への門を潜った。
アイシャは、サラの姿が見えなくなっても、何度も何度も振り返っていた。
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