第3章・安住の地で 4ー①

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第3章・安住の地で 4ー①

帰りの飛行船の中で、アイシャは一言も口を開かなかった。 ファイザルは、膝の上に頭を乗せるアイシャの肩を、ずっと撫でていた。 番であった男の最後を、受け止めきれないでいた。 今思えばフェリドは、本当に密林の奥地で暮らしていけると思っていたのか、疑問に思う。 もしかしたら、アイシャと心中しようとしていたのかも知れない。 絶対的な権力を持つ、王族に逆らって生き延びるのは、どう考えても不可能だ。 フェリドは、既に狂っていたのかも知れない。 番を失った犬族は、精神のバランスを崩す。 生きる意味を失うからだ。 そして、純朴な性質故に新しい番を見つける事は出来難い。 だから、番を失った者は早くに人生を終えるケースが多い。 アイシャは、飛行船から降りる時、ファイザルに抱き上げられた。 そして、その足でファイザルの部屋へ向かう。 扉を開けると、健やかなサラの寝顔がアイシャを出迎えてくれた。 その愛しい我が子の存在によって、アイシャの胸に暖かなものが満ち、凍てついた心を溶かした。 「サラ……ごめんなぁ。置き去りにして……本当にごめん」 母としての母性が、アイシャを現実へと呼び戻す。 アイシャがサラを見つけさせる為に、首輪を置いて行ったのが幸いした。 それによって、どの入り口から出たか判明し、サラを発見するに至り。 アイシャの体には識別情報が埋め込まれていたので、分岐点を通過する時にはその移動位置が把握された。 ファイザルの異常な程の警戒心と執着心が、アイシャを救い、サラの命を救ったのだ。 だがアイシャは、すぐにはフェリドの死を受け入れられなかった。 その精神が平静を取り戻すには時間を必要としたが、ファイザルは焦る事なく、それを待った。 そうして、ファイザルとサラとの緩やかな時間は、ゆっくりとアイシャの心を穏やかにしていった。
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