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第3章・安住の地で 4ー②
それからアイシャに、首輪を付けられる事はなくなった。
そしてまた、アイシャが帰って来てからというもの、ファイザルはその素直な気持ちを惜しみなく口にするようになった。
以前にはなかった甘い言葉が次々とファイザルの口から溢れるのには、アイシャも耳を疑う程だった。
「そもそも首輪だ、何だと拘束するアンタの非人道的な行動が、プラスに作用するのが癪なんだけど」
「非人道的とはなんだ。有り余る『愛』故の、思い遣りの行動の間違いだろう。妻の心配をしない夫が、この世界のどこにいる」
「……何だって?」
「だから、有り余る『愛』故だ。夫から妻への」
「……誰が夫だよ……」
「今から、求婚するつもりだ。私が、お前に」
アイシャは、絶句した。
この目の前にいる男は誰だろう。
すでに了承を得ている前提での求婚とは、激しく順番は間違ってはいるが、こんなに『愛』を饒舌に語るなんて、以前とはまるで別人のようだった。
「……愛している。アイシャ。お前を失ったかも知れないと思った瞬間、私は心の臓が止まるかと思った。お前は、私の生きる存在意義でもあると初めて気が付いた」
「……え?ちょっと……アンタ、誰?」
「失礼な奴だな。素直に心の内を語っているというのに」
「……そんな事、今まで、全然 言わなかったじゃねーかよ……」
「お前がいなくなって、改めて思い知ったんだ。……お前は私の全てだ」
「ちょっと、ホント気味が悪いんだけど。一体、いつからそんな事、思ってたんだよ」
「初めて、お前がこの城に働きに来た時から愛しいと思っていた。あの頃の私は愛を知らない愚か者だったから、自分の気持ちを理解出来なかった。……だが、お前が繁殖期で番の元に帰ると聞いて、他の男に渡したくないと思った」
初めてこの城に来て、主であるファイザルに会った時は、見下すようにして睨まれた記憶しかない。
あの蔑視するような視線が恋する男の目線だったというのなら、分かれと言う方が無理な話だ。
だが思えば、ファイザルは全ての感情が顔に出ない男だった。
それどころか、嬉しい時ですら睨みをきかせる事もあって、尾を見なければその心理状態は、まるで判断出来ない。
「今、ファイザルと出会った瞬間から必死になって回想してるんだけど、そんな節は微塵も思い出せない……」
「……だから、どう表現して良いのか分からなかったんだ。お前に出会うまで、キスも知らなかったんだから」
それは覚えている。
アイシャがキスする事を教えてから、それにハマってしまったファイザルは、四六時中キスするようになってしまった。
その執着は、好奇心旺盛な子供のものと変わらない幼さだった。
「……ややこしい男だな……」
「だったら、初めからこうして愛を告白していたら、私を選んでくれていたか?」
「いや。それでも選ばないかな」
「……じゃあ、私はどうすれば良かったのだ……」
どのみち、犬族である自分が番を差し置いて、他と番うとは思えない。
万が一にも有り得ない結末が、今、あったという訳だ。
フェリドの事を想うと、今も胸が張り裂けんばかりに痛む。
だがアイシャは、この結末しかなかったのかも知れないとも思った。
「どのみち、この選択しかなかったんじゃねぇの?アンタのその不器用なところも可愛かったんだし」
「……可愛いって……何なんだ……」
「俺はそんなところを、愛してるって事」
アイシャは背伸びをして、ファイザルの唇に自分のそれを合わせた。
「……二人目、挑戦してみる?俺、男の子も欲しいんだけど」
アイシャの言葉に、ファイザルの尻尾はワサワサと大きく揺れた。
アイシャは後ろに手を回して、その愛しい尾を捕まえて撫でてやると、ファイザルが強く抱き締めて来た。
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