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最終章・とこしえの楽園で
サラの泣き声が聞こえる。
あれは、ミルクを欲しいと訴えているのだ。
「……んやぁ~!がう、がう!……がう!……まんま!……まんま!……まんまぁ!」
「……もう少し、まともな言語を話せ、サラ。がうがう、うるさい」
目を開けると、ファイザルがサラに髪の毛をむしられている。
うるさいと言いつつ、ファイザルはサラの顔に何度もキスをして、更に毛をむしられていた。
「……違うよ、ファイザル。サラは、ミルクをくれって言ってんだよ」
「まんまぁ~!」
サラがアイシャに腕を伸ばすので、娘をアイシャに託してミルクを作りに行った。
手首でミルクの温度を図るファイザルは、とても出会った頃の冷徹な科学者然としたあの時の姿からは想像出来ない。
ミルクをアイシャに渡し、2人を抱き込むように包み込んだ。
「昨日の返事を聞いてないんだが」
「何の事だよ?」
「私は結婚して欲しいと、申し込んだつもりだったんだぞ?」
「あぁ!順番、めちゃめちゃだったから、訳分かんなくなってたわ」
「……だから、どうなんだ?」
「いーよ」
「いーよ、というのは、了解の意味なのか、結構だ、という否定の意味なのか……」
「了解に決まってんだろ?子供まで孕ましといて何言ってんだか!」
アイシャはサラにミルクをやりながら、ファイザルの頬にキスをした。
「アンタ、俺に薬仕込んでまで、俺と子供作りたかった訳?」
「お前を何としても、他の者には渡したくなかった。……お前を……愛していたから」
「俺が犬族なのは、気にならなかったのか?」
「私は傲れる王族達を嫌悪していた。元より、脳や身体能力が発達しているからといって、繁殖出来なければ絶滅するだけの一族だ。私は異種間の生殖を可能にする研究を進めて、獣人種差別のあるこの制度を取っ払いたかった」
「そんな事を考えてたんだ……」
「まだまだ問題はある。王族のプライドは相当なものだし、犬族の番制度がある限り、交配は難しい。……それでも、私達が生き絶える未来があってはならないのだ」
「……俺達が、異種間同士の夫婦、第1号なんだな」
「出産の第1号でもある」
法的にも、社会的にも何の保証もない。
これからの世代が、それを創っていく。
サラ達ハイブリッド種が大人になる頃には、世界はもっと進んでいるだろう。
ミルクを飲み終えたサラは、アイシャの手を借りる事なく、自らゲップをしていた。
アイシャはサラを抱き上げ、自分の顔を隠すようにして顔前にかざした。
「貴方はスゴいです」
「す~!」
サラは、それを理解しているのか、アイシャの口真似をしていた。
「貴方は、この世界の救世主です」
「す~!」
「愛してます……」
「す……?……す?……す~!」
サラの腹に顔を埋めたアイシャの顔は、真っ赤に染まっていた。
ファイザルは、サラを取り上げる。
無表情ながら尻尾だけは雄弁に心情を物語る男を、アイシャはその赤い顔のまま、上目遣いで見る。
そこには、暖かな笑顔を浮かべた愛する人がいた。
初めて見たその笑顔が間近に迫って来て、唇が合わさる直前にアイシャは目を閉じた。
ーENDー
2016,04,03
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