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「雪の降る町に憧れるわ」
そんな戯言をほざいた自分を呪いたい。
*
「一晩で随分積もったわ。ねぇ、則雄さん……」
窓枠の向こうは、一面の白。十数年ぶりの豪雪から一夜が明けた朝。雪景色を眺めたまま夫の名を呼ぶも、返事はない。
「そうだわ、居ないんだった」
無駄に広いだけの旧家では、独り言すら反響する。
夫の両親が所有していた荒地の一帯に、高齢者施設建築の計画が持ち上がった。
『家屋とその周辺の土地は残せたから、あなたたち夫婦にあげる。私たちはマンションを買って、便利な街中で暮らすわ』
自分たちの建てた一軒家に微塵の未練もない様子の義両親は、仲介の不動産屋に土地の売却が決まると同時に、軽やかに出ていった。
「則雄さんと二人で暮らしたのは、どれくらいだったかしら」
義両親が家を出て半年も経たないうちに、夫の則雄が転勤で県外へと出て行った。
『何で、俺たちが残るんだよ』
そもそも、夫は田舎の土地も旧家も嫌っていた。「長男だから」という理由で跡を継がされ、古い実家と━━従順そうに見えた私を嫁として押しつけられた。
『実家の管理は任せるわ。それに、お前も……ひとりが気楽だろう?』
夫は嬉々として単身で赴任先へと向かい、ただ広いだけの田舎の旧家に私は取り残された。
私たち夫婦に子どもがいたならば、結末は違っていたのかもしれない。
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