真昼の月明かり

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 今日は新しいアルバム制作と、それに伴うツアーの打ち合わせを手嶋さんの会社のミーティングルームでみっちりと。  のはずなんだけど、迎えに行ってから車の中でCHIHARUは難しい顔をして窓の外を眺めながら黙り込んでいる。  普段から会話は多い方ではないし、私から話しかけなければ口を開かないことも多いからそれ自体はいつものことなんだけど。  う~ん……。  なんか違和感があるのよね。 「何か必要なものがあれば用意しますが」 「あ~……じゃあそこのコンビニ寄ってくれ」 「はい。買ってまいりますよ?」 「自分で行くわ」 「かしこまりました」  このヒトったら自分がどれだけ目立つかわかってないのよね。  コンビニに入ったところで店員とレジ前に並んでいたカップルが目を丸くしてだるそうにアイスとお菓子の陳列された棚の間を歩いていくCHIHARUを首ごと動かして視線で追う。  CHIHARUは相変わらずの艶々した黒い長髪で、年中ティーシャツとレザーパンツに必要とあらばレザージャケットってスタイルだからCHIHARUを知っている人間なら一目でそうとわかる。  一目でわかるわけだから、日常を送る皆々様の目の前にいきなり非日常をぶち込んでくださる。  本人に悪気なんてないんだけどね。 「かごをお持ちしましたが」 「ん?そらどうも」  で、私が持つって言っても無駄なのよね。  さらりと受け取ったかごの中に某コーヒーチェーンのロゴのついた期間限定のコーヒーと山のマークのロゴのエスプレッソを放り込んだ。  それからパックのジャスミンティー。  少し歩いてシーフードパスタと月見とろろそば、塩焼きそばをポイポイと詰めて、ゆで卵とポテトサラダをふたつに生ハムとルッコラのサラダをひとつ。  それでお会計。 「あー、すんません。18番のたばこ2箱お願いします。あと出来れば長いストロー貰えると助かるんやけど」  レジのお嬢さんの目がハート。  黒目の中にハートが見える気がするわ。 「はい、ありがとう」  袋を受け取る時にも丁寧にお礼を言ってからゆったりとした足取りで自動ドアの前で控える私の方へ歩いてきた。  ミーティングルームについて早々にパスタと塩焼きそばを温めたいって言って、勝手知ったるなんとやらで給湯室へ電子レンジを借りに行く。  やっぱりあれは我々のランチだったか。  温めたパスタと焼きそばを手にミーティングルームへ戻ると、手嶋さんの前にはエスプレッソと月見とろろそばとゆで卵とポテトサラダが置かれていた。CHIHARUの前にはジャスミンティーとゆで卵とポテトサラダ。私の席にはそれ以外がしっかりと並んでいる。 「お前は俺の気分がわかるのか」 「そんなん知らん」 「そうか」 「いつも選んどる中で店にあったもん買ってきた」 「それはどうも」  私の分はもしかしたら私の視線を追ったのかもしれないけど、手嶋さんは同行してなかったものね。  代金を支払おうとして要らんて一蹴された。  私もそうしたからまぁ、そうでしょうね。 「手嶋さんも当たりでした?」 「……大当たりです。今日はさっぱりしたものが食べたかったのでCHIHARUが来てから出前に蕎麦でも頼もうかと思ってました」 「そらちょうどよかったな」  時間がちょうどお昼時だから一緒に何か食べてからって思っていたんだけど、先手を取られた。 「で、それは美味いのか?」 「えぇ、美味しいですよ」  私が手に持っているのは新作のストロベリーコーヒー。  今日から売り出すってネットで見て気になってはいたんだけど、そこまで思い入れがあるわけじゃないからそれこそコンビニで見かけたら買おうかなって思ってた。  そういうのを見透かすのよ。  軽く話をしながら食事をとってるんだけど、やっぱりなんだか表情が優れない。  アンニュイなのはいつものことだから特筆すべきことじゃないのかもしれないけれど、それでもCHIHARUの浮かない顔を見ているだけでこちらとしてはとても気にはなる。  それは手嶋さんも同じだったみたいで、目線だけで何かあったかと問いかけられて隣のCHIHARUにばれないようにそっと首を横に振った。
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