雪を踏む音

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   *  ――そうして私達母娘はその日のうちに荷物をまとめ、追われるようにして村を後にした。  それ以来、一度として村へは帰っていない。父や祖母とも、それっきりだ。  流れ着いた雪の降らないこの町で、母は女手一つで私を育てるため、日夜なく働き続けた。心労がたたったのか、私が学校を出て間もなく大きな病気を発症し、一年に満たない闘病生活の末、この世を去った。  お陰様で私は仕事にも就き、広夢というパートナーにも恵まれ、人並みの生活を送れる大人に育つ事ができた。二人で見つけた平屋のこの貸家に一緒に住み始めてはや三年になる。そろそろ結婚、という二文字も二人の間にちらつき始めているようにも思える。  そんなささやかな暮らしを送る中で、今からもう二十年近く前にもなろうという村での記憶は、真っ白な雪の思い出とともに日に日に薄れつつあった。雪に近づくな? ううん、こっちから願い下げだ。雪を見れば、否応にも父と祖母の顔や、あの奇妙な風習を思い出す。時代錯誤というべき悪習を妄信するあまり、家族ですら軽んじる閉鎖的な村。  私達を追い出したのは、向こうだ。母を殺したのは、あいつらだ。誰があんな村に戻ってやるものか。雪になんて、一生近づくものか。  雪なんか、大嫌いだ。  雪なんて――。
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