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『今夜からは全国的に猛烈な寒波が襲来する予定です!普段は雪の降らない地域でも雪が降る恐れがあります!不要不急の外出はできる限り控えるとともに、車の運転にはくれぐれもご注意ください!』
テレビの向こうでは、いつになく険しい調子でアナウンサーが警告を繰り返していた。
キー局はいつもこうだ。ちょっと雪が降るというだけで大騒ぎする。今は縁遠い生活を送っているとはいえ、雪深い田舎で生まれ育った私には空々しく聞こえてしまう。
『見て下さい! このたっくさんの雪!』
チャンネルを変えると、一転して雪景色の中ではしゃぐリポーターが映った。
『あちらがイベント会場になりまして、これから順にご紹介していきたいと思います! それにしてもこの雪! カメラさん、足元気を付けてくださいね! それじゃあ、行ってみましょうっ!』
どこかの町の雪まつりだろうか。色とりどりの幟や出店が華やかで、楽し気な雰囲気を漂わせている。カメラクルーが歩いている道はせいぜい十センチ程度しか積雪はないが、不慣れなのか、リポーターはずいぶん浮足立っていた。
『音声さん、この足音拾えます? 視聴者の皆さんもおわかりいただけますか? よく雪の上を歩くとギュッとかキシッっていう音がするって言うじゃないですか。ほら、この音ですよ! 私も生まれて初めて聞きました!』
リポーターがその場で足踏みする度に、雪がギュッ!ギュッ!と音を立てる。カメラはそんなリポーターの足元をこれでもかとズームでお茶の間に伝えていた。
「……アホらしい」
「そうなの? 俺、普通に感心しながら見てたんだけど」
思わず漏らした悪態に、広夢が苦笑した。
「だって雪の上を歩くと音が鳴るって、当たり前じゃない?」
「雪って粉みたいにサラサラしてるだろ? 少なくともああいう音が鳴るっていうイメージはなかったなぁ」
粉みたいな雪以外にもシャーベットみたいに水っぽい雪とか色々あるし、そもそも粉雪だからって踏んでも音が鳴らないわけでもない。生まれてこのかたほとんど雪を見た事がないという人間相手にどこからツッコミを入れようか迷っていると、広夢が言った。
「明日、こっちでも雪が降ったらどうする?」
「まさか。雪なんて降った事あるの?」
「昔何回かは降った事もあるらしいよ。しかもほら、普段は降らない地域でもってさんざん言ってるし」
いつの間にかテレビの映像は中継先からスタジオへと戻り、こちらでも大雪のニュースを報じていた。
『気象庁の会見によると、明日未明から明後日の夜にかけて、西日本の広い範囲で激しい降雪が予想されています。観測史上最も猛烈な寒波が来る恐れとし、普段は雪の降らない地域でも積雪となる恐れが――』
「……私は元々明日休みだからいいけど、広夢の会社は、普通にやるんだよねぇ?」
「今のところ休みにするなんて連絡は来てないな。そんな事になっても仕事詰まってるから逆に困るけど。とりあえず行くだけ行って万が一雪なんて降ったら、最悪会社に泊まるしかないかなぁ」
「その方がいいかもね」
私はため息をついた。
雪に耐性のないこの町に雪が降ったりしたら、たった一センチでもパニックは必至だろう。東京どころの騒ぎではない。
雪なんか、大っ嫌いだ。もう二度と目にする事もないと思っていたのに。
とうに記憶のかなたに忘れ去っていた雪への嫌悪感が、ふつふつと蘇って来る。
――私と母を追い出し、母の命を奪っておいて、今さら雪の方からまた私に近づいてくるというのか。
見上げたチェストの上からは、穏やかな笑顔を浮かべた母の小さな遺影が、私を見下ろしていた。
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