雪を踏む音

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   *  転機が訪れたのは、小学校六年生の時だ。  お饅頭を届けに行くその日、母が体調を崩したのである。 「由依一人で行かせるなんて……」  と不安げな母を横目に、 「風邪っぴきを鎮守様のところへやれるわけがないだろう! そもそもお供えの日だというのに風邪なんかひく馬鹿がどこにいるか! 大体あんたという嫁は……」  祖母はぴしゃりと一喝したのみならず、常日頃からの不満や文句、果ては溜まりに溜まった鬱憤までネチネチと披露し始めたので、私は即座に申し出たのだった。 「大丈夫! 私一人で行けるから!」 「そうだね。由依ならもう一人で行けるだろう。かえって足手まといにならずに良いかもしれない」  祖母は母への当てつけのように言い、満面の笑みを浮かべた。  そうして一人、例年のように山積みの饅頭を載せた三宝を抱え、私は鎮守様へと向かった。  階段を一段一段、ギュッ……ギュッ……と雪を踏みしめながら登る度に、目の前のお饅頭がふるふると揺れる。頬を刺すような冷たい風に晒される中、蒸し器から出したばかりのお饅頭からは芳醇な香りとともに湯気が漂う。しばらく忘れていたお饅頭への食い意地がむくむくと蘇って来た。  たどり着いた鎮守様の祭壇に三宝ごとお饅頭を置いた後、両手を合わせる。これで私の任務は完了だ。いつもならそそくさと元来た道を戻るだけである。  しかし――私はぐるりと周囲を見回した。どこにも人影は見当たらない。それはそうだ。普段でも鎮守様に近づく物好きなんていないなのに、わざわざこの雪の中を選んで登って来る人なんているはずがない。  私は無意識に手を伸ばし、山の一番上のお饅頭を掴むと、一気にかぶり付いた。噛むのももどかしく、何回か咀嚼しただけで喉の奥へと無理やり流し込む。二口、三口……時間にしてほんの数秒の出来事だろう。あまりにも夢中だったせいか、後から思い出そうとしても、饅頭の中身も味もさっぱり思い出せない。私の記憶にあるのは、不自然に天辺が欠けた饅頭の山だけだ。  それを見て初めて私は自分のやった事に気づき、逃げるようにその場を後にしたのだった――。
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