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美香が消えた。
まったく跡形もなく。家にあった洋服だけではなく、カップも歯ブラシも生理用品まで、彼女に関係するものはすべて消えた。
その日から、ぼくは抜け殻になった。
美香と出会ったのは、恋愛アプリを通してだった。あなたにお似合いの女性として、おすすめの通知がきた。写真を見た。少し目尻が下がった笑顔。白いワンピース姿。上品さが漂っていた。
待ち合わせは、新宿のアルタ前。期待はしないようにしていた。恋愛アプリでは、だれもが写真を盛るのはあたりまえだからだ。
傘はいらないが、小雨の降る夜。彼女は小走りでやってきた。コートのフードを脱ぐと、黒い髪がふわっと舞った。
「あの、筧さんですか?」
彼女が下から覗き込むようにして尋ねた。
「あ、そうです。小畑さんですか??」
心臓の音が高鳴る。
「はい。小畑美香です。なんだか照れますね」
「ホント、待ち合わせって何度やっても慣れないものです」
あ、しまった。恋愛アプリの常連だと、バレてしまっただろうか。
「どこに行きますか?」
美香は白い歯を見せて笑った。
ぼくの懸念なんて関係ないかのようだった。
何回かデートを重ねた。
やがてぼくと美香は付き合うことになった。
美香の失踪について、まったく予兆がなかった。いったいなぜ。不満があったなら、言ってほしい。なにも言わないまま消えてしまったら、自分のダメなところだって、直せる機会がないじゃないか。
会社はもう3日、休んでいる。
行く気になんてなれない。なれるわけがない。
美香が居なくなった日からLINEを何度も送った。既読にならない。電話もしたが、「電源が入っていない」というアナウンスが流れた。もう使っていないようだった。
警察には駆け込んだ。だが、出身もわからない、実家もわからない、職場すらわからない。ぼくは美香のことをなにも知らない。質問したこともあった。だけど自分の過去のことは、ほとんど話してくれない。それでもいいと思った。いまの彼女と向き合えていればいいと思った。
いまは後悔している。
美香のことをもっと知るべきだった。なんでもいい。手がかりがほしい。
ブルルッ。そのときぼくのスマホが鳴った。
「あ…」
思わず声が出た。
美香からのLINEだった。
急いでメッセージを確認する。
「わたしは殺人者」
え?
どういうことだ。
美香からなのか、何度も確認する。
「どういうこと?」
「どこにいるの?」
「心配している。連絡ほしい」
LINEにメッセージを送る。
しかし、反応はない。
既読にすらならない。
美香になにが起こったのか。
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