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随分長い沈黙の後、諒ちゃんの細くて長い指が、私の頬のあたりに垂れる髪に触れた。私はじっと、諒ちゃんの指に身を預けていた。動くのが怖かった。少しでも動いたら壊れてしまう、ごく薄い膜が私たち二人を包んでいるみたいで。だから私は、身動きせずに諒ちゃんを見つめていたし、諒ちゃんも多分、同じ気持ちで私を見つめていてくれたのだと思う。
これで最後、と言われるのだと思った。もう二度と、私に触れてはくれないと。ごく普通の、叔父と姪に戻るのだと。
戻れるはずだ。だって私と諒ちゃんは、まだなにもしていない。一度だけのキス。あれを忘れれば、忘れられさえすれば、ただの叔父と姪に戻れる。まだ、それくらいの禁忌にしか、私たちは触れていない。まだ、間に合うはずだ。だからどうか、と、私は祈るように思った。だからどうか、二度と会わないと、親類の葬式ですら会わないと、そんな徹底した別離だけは求めないでくれ、と。
「……真希。」
諒ちゃんが静かに口を開いたとき、私たちを覆っていた薄い膜は、まだ破れてはいなかった。その膜は、淡々とした存在感で、私たちと私たち以外を識別していた。永遠にこの膜の中にいられればいいのに。そうすれば、私は諒ちゃんと離れずに済む。まともな人間みたいな顔をして、生きていかずに済む。
「真希、どっか、遠くに行こうか。」
そんなことを考えていたから、諒ちゃんの言葉の意味を、一瞬取り損ねた。
どっか、遠くに行こうか?
なんだ、それは、どういう意味だ。
私がきょとんとしているうちに、諒ちゃんは低い声で言葉を重ねた。
「俺、資格職だし、食いっぱぐれはないと思う、真希のこと、食わせてはやれると思う。だから、どこか遠く、知らない場所まで行くか。誰も、知らない場所まで、行くか。」
じわじわと、諒ちゃんの言葉は私にしみ込んだ。それは、諒ちゃんの本気と一緒に。
「夫婦みたいに暮らせるか、自信はないよ。やっぱり、俺は真希の叔父さんだから、でも、やれるだけやってみようか。」
そこまで言って、諒ちゃんは言葉を切った。真面目な顔をしていた。こんな顔の諒ちゃんは、見たことがない。
私は、諒ちゃんの言葉を頭の中で反芻した。その言葉たちは明らかに、私が求めていたものだった。まるっきり同じだ。私は諒ちゃんに、こんなふうに言ってほしかった。
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