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 アズと別れて部屋に戻ると。  知花の部屋で、電話が鳴っている。 「……」  テスト期間中じゃねーよな。  なのに、こんな時間に電話かけてくるって…誰だ?  ルール違反ではあるが、部屋に入って電話を取る。 「はい。」 『あの…知花帰ってます?』  この声は…聖子か。 「あ?まだ学校だろ?」  時計を見ると、14時。 『いや…えーと…あの…今日は調子が悪いって、来てすぐ帰りました。』 「……」  すぐ帰った?  聖子との電話を切って、玄関に行く。  …帰って来たような形跡は、ない。  部屋にも…制服はかかっていない。  すぐ帰ったとして…  ここには、俺と瞳とアズがいた。  なんで…入って来なかった?  入ってくれば、説明できたのに。  イライラしながら知花の帰りを待った。  夕べ、あいつは電話に出なかった。  よく考えたら…俺がいないのをいい事に、出かけてたのかもしれない。  誰の所だ?  今も…どこへ行ってる?  悶々としながら玄関に座り込んで待った。  すると、16時を過ぎて…鍵を開ける音が。  俺は立ち上がって仁王立ちして、知花が入って来るのを待った。 「どこ行ってた。」  入って来た知花に低い声で言うと。 「…何のこと…」  知花は、俺の目を見ずに冷たい口調。 「聖子から電話があったぜ。早退したんだってな。」 「……」  俺の問いかけを無視して、知花はキッチンへ。 「言えないような所へでも行ってたのかよ。」  知花を追いながら言うと。 「そういう千里はどうなのよ…」  知花は水を飲んだ後…小さく言った。 「何が。」 「夕べよ。」 「事務所でずっと話してただけだぜ?」 「…信じらんない。」 「おまえなあ…」 「あたし、見たよ?」 「何を。」 「……」  知花が食いしばって部屋に向かう。 「何逃げてんだ。」  腕を取って振り向かせようとすると… 「いや!!」  知花は、思い切り…俺の腕を振りほどいた。 「瞳さんを抱きしめた手で、あたしに触らないで!!」 「……」  あの時…か…  あの時、帰って来てたのか… 「好きだなんて気が付かなきゃよかった…」  知花がポロポロと涙を流しながらそう言って。 「あれは…あいつが泣くから…」  俺は、溜息まじりにそう言うしか出来なかった。  理由がどうであれ…瞳を抱きしめたのは事実だ。 「泣く女は誰でも抱きしめるの?」 「……」 「…そうね、もともと偽装結婚だったんだもの。こんなことあったっておかしく…」  知花は全部を言い切らないうちに、部屋に入って鍵をしめた。 「……」  瞳とは何でもない。  その一言を言った所で、瞳を抱きしめた時点で…裏切りだ。  何の説得力もない。 『好きだなんて気付かなきゃ良かった』  知花の言葉が…胸に刺さった。  翌朝起きると、すでに知花はいなかった。  部屋を見ると…制服とカバンがない。  …学校か。  とりあえず…俺も事務所に。  高原さんに、瞳の今後を聞きたいとも思ったし…  すると。 「あの…神さん。」  ロビーで呼び止められた。 「……」  振り返ると…SHE'S-HE'Sの髪の毛の短い方のギタリスト。 「えーと…二階堂 陸といいます。」 『陸ちゃん』か。 「ああ…知花がいつもどうも。」  こんなに間近で、面と向かうのは初めてだが…  …本当にこいつ、美形だな。 「すごく余計なお世話なんですけど…いいですか?」 「何。」 「昨日、知花とケンカしました?」 「……」  つい、無言で目を細めた。  それが答えになったようで… 「俺、音楽屋でバイトしてるんですけど…昨日知花が制服姿のまま早い時間にウロウロしてたんで、うちに連れて帰りました。聞きましたか?」  頭の中で、話を整理した。  昨日…知花は学校を早退した。  で…うちに帰って…俺と瞳が抱き合ってるのを見て…家を飛び出した。  音楽屋の前をうろついて…二階堂 陸が…知花を家に連れて帰った…と。 「…いや、聞いてない。おまえ、一人暮らしか?」  俺が低い声で言うと。 「ご心配なく。大家族です。」  二階堂陸は…笑顔。 「あいつ…色々あっても言わないじゃないですか。今までも、髪の毛の事とか…」  …そうか。  バンドメンバーにも、ずっと秘密だったのか。 「それで、今回は無理矢理聞きだしました。泣きそうな顔で歩いてた理由。」 「……」 「聞きましたよ。瞳さんと抱き合ってたって。」  俺はガシガシと頭をかいて。 「抱き合ってたって言っても…」  一応…言い訳にしかならないが、真実を話そうとした。  が。 「俺も、知花を抱きしめました。」 「……」 「……」 「……」 「……」 「……なんだと?」 「抱きしめました。知花を。」  とっさに、右腕が出た。  が…二階堂 陸は… 「すみません。俺、ケンカ慣れしてるんで…」  俺の右腕を避けて…掴んだ。 「……」  二階堂 陸の手を振り払って睨む。 「…俺、瞳さんと神さんの間には、友情みたいな物しかないって思ってます。」 「…その通りなんだけどな。」 「だから、知花にも…抱きしめるって言っても、色んな種類がある。って、抱きしめました。」 「……」 「俺も、知花には友情以外の物はありませんから。」  何か…諭されているような気がした。  友情の抱擁であっても…自分のパートナーが他の奴とそうすると、気分良くないだろ?と。  …それでなくても…  俺と瞳は、一部では結婚の噂まで立った。  …付き合ってもいねーのに。 「何でですかね。知花、あんなにすげーボーカリストなのに…自分に自信がないみたいっすよ。」 「…は?」 「神さん、ちゃんと知花に言葉で伝えてます?」 「…何を。」 「好きとか愛してるとか。」 「……」 「愛情表現は?」 「……」  そう言われると…  いちいちそんなのは口に出すもんじゃない。と思ってるだけに…  言わねーな… 「…知花が、自信がないって?」 「言ってましたよ。」 「……」 「ほんと、余計なお世話なんですけど…知花ってメンタル弱ってる時って、すぐ歌に影響しちゃうんですよね。」 「…そうか。」 「ケア、よろしくお願いします。」  二階堂 陸は、そう言って俺に深々と頭を下げた。  …そうしたいのは、俺の方だ。 「あと…」  顔を上げた二階堂陸は、言いにくそうに… 「サイン…もらってもいいですか…?」  持ってたバッグから、色紙とTシャツとマジックを取り出した。
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