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 …結局…  続きをやるためにすぐ帰るどころか。  晩飯の前に帰って来た親父さんに、大説教をくらった知花。  それでも、知花は学校で秘密を暴露した理由を話さなかった。  知花が歌を歌っている事を知らなかった家族は、知花がデビューする事に複雑そうな顔をしていたが… 「まあ…やるからには頑張りなさい。」  親父さんのその言葉で、説教は終結。  その傍らで… 「…本当に自分勝手…好き放題やっちゃって…腹が立つ。」  麗はそう吐き捨てて、部屋に閉じこもった。 「ごめんなさいね…千里さん。変な所を見せて…」  ばーさんが部屋に閉じこもった麗を気にして言ったが、俺はさほど気にならない。  どちらかと言うと、それを気に留めてない風な親父さんの方が気になる。 「……」  俺が無言で親父さんを見ていると、親父さんはうつむいて小さく笑って…立ち上がった。 「…え…お父さん、どうするのかな。麗の事、怒るのかな…」  誓が気にして立ち上がろうとしたが。 「…あたし、行って来る。」  それまで黙って座ってた知花が、親父さんの後を追って行った。 「……」 「……」 「……」  残された俺と誓とばーさんは、無言で時間をやり過ごしたが…  ぐー。 「……」 「……」 「…これ、誓。」 「僕じゃないよ。」 「俺でもないけどな。」 「まあ、私じゃないですよ。」 「誓。」 「だから、僕じゃないって~。」 「ばーさんの腹が、あんなに大きな音でなるわきゃねーだろ?」  つい…ばーさんの前で普通に喋ってしまうと。 「千里さん…」  ばーさんの眉間にしわが寄った。 「あ、すみません。言葉使い、酷いですね。はい。」  姿勢を正して謝る。  もう、親父さんにも言葉使いが悪いのはバレてるし、双子の前では普通に喋ってしまう。 「へへっ。神さんが反省してる。」 「いい子は真似すんなよ?」 「しねーよ。」 「これ、誓。千里さん…」 「…すみません。」  そうこうしてると、面白くなさそうな顔をした麗と、親父さんと知花が戻って来た。  みんなで手を合わせて、ばーさんと知花の作った晩飯をいただいた。 「美味い。」  静けさの中、俺が一言そう言うと。 「…うん。美味しいね。」  誓が嬉しそうな顔をして言った。 「ああ…本当に。」  親父さんも優しい顔でそう言って。  麗は… 「……」  何も言わなかったが、皿にある物は残さず食った。  晩飯を食い終わって、俺としては早く帰って知花と続きをやりたかったが…(こればっかだな)  親父さんが。 「知花。」 「はい。」 「歌を…聴かせてくれないか。」  そう言って…全員が、驚いた。  俺も。  …ハードロックだぜ?  と一瞬思ったが。 「バラードの方、歌えばいーんじゃ?」  俺がニヤけそうになるのを我慢して言うと、少し困ってた風の知花は。 「……じゃあ…」  手を拭きながら。 「麗、ピアノ借りるね?」  麗を振り返って言った。 「…別に、あたしのピアノじゃないし…」  麗は拗ねたような唇。 「姉さん、ピアノ弾けるの?」  誓が驚いた顔で問いかける。  …確かに、ピアノは俺も初耳だ。 「寮にいた頃、お姉さん達に教えてもらったの。」  知花はそう言ってピアノを開くと。 「…緊張しちゃう…」  苦笑いをしながら、指に息を吹きかけた。  そして、ゆっくりと鍵盤に指を落として。 「myselfって歌を…」  そう言って、歌い始めた。  暗闇の中ずっともがいていた  あたしは何者なの?  あたしには何があるの?  不確かな毎日が気持ちを焦らせる  進みたい道さえ閉ざされていくようで  あたしはどこへ行けばいい?  だけど気付いた  望むならいつも道はそこにあるって  夢を口にするのが怖かった  あの幼い日のあたしを思い出すたびに  だけど  夢はいつか形となって自分を強くする  目を閉じずにいよう  不確かな毎日でも  自分をもっと知るために  あたしがあたしでいるために  …夢は捨てない  初めて聴く歌だった。  俺に作ってくれた曲を期待してただけに、少しがっかり感はあるが…  知花の声は、ピアノにも合う。  みぞおちの奥をくすぐられるような、変な快感を覚えた。  ああ…あまり人に聴かせたくねーなー… 「…お父さん?」  誓が、親父さんの顔を覗き込む。  親父さんは…知花が歌い終わっても、目を閉じたまま、しばらく動かなかった。  …泣きそうになってるって事か。 「…なんて歌ってたの?神さん、分かった?」  麗が小声で聞いて来た。 「…ざっくり言うと、知らん顔していたい自分をちゃんと知るために、面白くない毎日でも目を開けていようって歌かな。」 「……」 「あ、ついでに、そのためにも夢を持とう。みたいな。」  麗の隣では、ばーさんも俺の解釈を聞いている。 「…知花、この歌はいつ作ったんだ?」  目を閉じたままの親父さんがそう問いかけると。 「…14歳の時かな…」  知花はピアノの鍵盤を拭きながら答えた。 「えー、僕と同じ歳の時に?すごいなあ…」  誓がそう言ってるのを聞きながら、俺は知花が鍵盤を拭いてるのを見た。  …拭かなくていーんじゃねーか?いちいち。  だが、それは習慣のようにも思えた。  知花は、麗の持ち物を自分が触るたびに、そうしてる気がする。  麗、おまえそんなに知花を毛嫌いしてんのかよ。  何となく麗に視線を向けると、麗は俺にそっぽを向いた。 「おやすみなさい。」 「気を付けて。」  玄関先までみんなに見送られて、俺は知花と桐生院を出る。 「……」  無言で手を取ると、知花は少し驚いて手をひっこめようとしたが…俺が離すわけがない。  背後では、誓が冷やかしの声を上げて、ばーさんに叱られている。 「おまえ、明日からどーすんの。」  俺がそう言うと。 「バイト…毎日入らせてもらえるかな…」  知花はうなだれた様子で言った。  俺としては辞めて欲しかったが…仕方ない。 「バイト行く時も、ちゃんとしてろよ?」  指輪を触りながら言うと。 「……うん。」  知花は…今日一番、優しい顔で笑った。
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