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「パパ。」  あたしがロビーで声をかけると、パパは振り返って…照れくさそうな顔をした。 「あ…ここで『パパ』は恥ずかしい?」  少し小声でそう言うと。 「いや、慣れないだけだ。おまえの好きに呼んでいい。」  パパは苦笑いしながら、あたしの頭を抱き寄せた。  …こういうの…本当は、あたしも照れ臭い。  だけど、パパはよく…こうしてくれる。 「住む場所は決まったのか?」 「うん。友達の所。」 「……」 「女の子よ。こっちの寮で同じ部屋だったサラ。」  パパの心中を察してそう言うと。 「安心した。」  パパは笑顔になった。  …カッコいいな。  あたしのパパ、本当にカッコいい。  だから…あたしも、自慢の娘になりたい。 「ね、千里の奥さんって、ここの事務所にいるの?」  パパと腕を組んで、エスカレーターに乗る。 「ああ。期待の新人だ。八月デビュー予定。」 「へえ…ソロシンガー?」 「いや、バンド。」  二階のエレベーターホールには、たくさん人がいて。  パパと腕を組んだあたしを見て…少しニヤニヤした。 「勘違いするな。娘だ、娘。」  パパが大きな声でそう言うと。 「あっ、そうなんすか。高原さん、お盛んだな~って思った。」 「こんな美人な娘さんが…」  ここに来るのは初めてじゃないのに…こんなにジロジロ見られるなんて。  …まあ…ジェフの事件…少なからずとも、ここの人達には迷惑かけたし…  真相は知られてないとしても…噂ぐらいはたってるかもしれないよね…  あたしがパパの腕から手を外そうとすると。 「俺の可愛い一人娘だ。おまえら、気安く目付けるなよ?」  パパは、あたしの肩に手を掛けて言った。  …やだな…  何から何まで嬉しいや…。 「上まで行くか?」 「え?あ、うん。」  パパと一緒に最上階に行くと、会長室の前に… 「お、ナッキー、待ってたで。あー、瞳ちゃん久しぶり。元気んなった?」  マノンさんがいた。 「はい。色々…ご迷惑を…」 「いやいや、何も心配要らんて。今度はここで存分に歌えばええんやから。」 「…ありがとうございます。」  本当に…いい人ばかり。 「何だ?」  会長室に入ると、パパは机の上にたまった書類を見てウンザリした様子だったけど、マノンさんと向かい合ってソファーに座って。 「瞳、悪い。コーヒー入れてくれ。」  あたしに言った。 「うん。」  あたしは隅っこにある小さなキッチンでコーヒーを入れながら、二人の会話を聞いた。 「向こうの事務所から、バンドを一つよこしてくれて。」 「バンドか…」 「千里んとこは…やっぱメンバー次第やな。」 「ああ…」 「SHE'S-HE'Sはどうやろ?」 「……」  SHE'S-HE'S…初めて聞く名前… 「これ、ナッキーが向こう行ってる間に録ったやつなんやけど…」  そう言って、マノンさんがCDをセットした。  バンドか…もし千里が向こうに行ったら、寂しいな。  あたし、友達少ないし…  なんて考えてると…  すごく、すごく…カッコいいギターの音。  久しぶりに、こんなカッコいいサウンドを聴く気がする。  あたしはパパとマノンさんにコーヒーを出して、自分もそれを飲みながらパパの黒い椅子に座った。  そして… 「…これ…」  聴こえて来た歌声に、あたしは…  自分が歌うのが嫌になるほど…  …恐怖を感じた。  その声は…とんでもなかった。  突然のシャウトから始まって…  Aメロは普通に…いい声だなって思って…Bメロになると少ししゃがれて…あ、上手い…って思って…  サビになると、そこまで出るの?って…ビックリするキーに転調して…  抑揚が…上手い。  こんなボーカリスト…出会った事ない…  …怖い。  そう思った。 「初めてスタジオで聴いた曲と同じやねんけど、全然ええよな。知花、どんどん進化してる。」 「…あいつには本当…度胆を抜かれるな。」 「あと、まこもええ。今まで派手なギターソロに隠れてた感じやけど、今回キーボードソロ入れたら…蛙の子は蛙以上って感じや。」 「ナオトの上を行きそうか?」 「行く思うで。」  二人の会話を聞いてて…… 「…チハナ?」  マノンさんが言った名前を…口にした。  確か…千里のマンションに行った時…  エレベーターから出て来た奥さんに、千里がそう呼んでたような気がする… 「ああ…このボーカリスト。知花。」  パパが顔だけ少し振り返って言った。 「それって、千里の奥さん?」 「そう。」 「……」 「…怖いか?」  …何でもお見通しね。  あたしはパパの言葉に小さく笑うと。 「…そうね、怖いわ。すごい…この子。」  正直に…そう言った。  千里は…彼女が音楽をしてるって知らなかったって言ってた。  もし…こんなに歌える子だって知ってたら…  結婚しなかったのかな…  …なんて。  もう、結婚してるんだもん。  こんなに歌える奥さん、自慢でしかないわよね。 「正直、こいつらは世界に行ける思う。」  マノンさんがそう言うと、パパは無言で…しばらく曲を聴いてたけど。 「…もう少し考えよう。TOYS…俺は千里をどうしても世界に出してやりたい。」  低い声でそう言った。  マノンさんが部屋を出て行ってすぐ… 「歌うのが嫌になってないか?」  パパが…あたしを振り返って言った。 「え?」 「知花の歌を聴いたら…歌うのが嫌になるって言う奴が続出中だ。」 「……」  あたしはその言葉にキョトンとした後。 「人は人よ。その子、確かにすごいけど…あたしはジャンルが違うしね。」  なるべく…笑顔で言った。 「…そうか。」  パパは小さく笑ったけど… 「…正直…俺は少し嫌になった。」  意外な事を言った。 「…パパが…?」 「ああ。」 「どうして…?」 「知花の生まれ持った才能なんだろうが…17そこらでこれだけ歌えるなんて、末恐ろしい。」 「……」 「まだまだ伸びる。そう思うと…知花を育てる側としては鼻が高いが…シンガーとしては、あいつの才能に嫉妬する自分がいる。」 「嫉妬…」 「ふっ…小さい事を言ったな。今のは忘れてくれ。」  あたしはパパの隣に座ると。 「そういう人間臭いパパ、好き。」  そう言って笑った。 「…カッコ悪くても?」 「メリハリがあっていいよ。」 「…優しい娘だな。」  あたしは…笑った。  笑ってないと…  笑ってないと。  彼女の歌が、頭の中でリピートされて…  さっきから、足の震えが止まらない。  …怖い。  あたし…  歌えるかな…。
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