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 〇高原夏希 「知花。」  広報室に行って声をかけると。  部屋の片隅でチラシを仕分けしている知花は顔を上げて。 「あ…こんにちは…」  キョトンとした顔で俺を見た。  …そんな顔をすると、まだまだ子供で…  人妻とか、世界に通用するボーカリストだとは思えないんだが。 「ちょっと一時間ぐらい抜けさせてくれ。」  広報の上の者にそう言って、俺は知花を連れ出した。 「甘い物は好きか?」  事務所を出てすぐ問いかけると、知花は目を丸くして俺を見て。 「はい…好きです…」  少し赤くなった。  それがおかしくて。 「どうして赤くなる?」  笑いながら問いかけると。 「いえ…好みを聞かれるとは思わなかったので…」  赤くなった頬を両手で押さえた。  …その左手の薬指に…指輪。 「…やっと買ってもらったか。」  俺がそれを見てそう言うと。 「あ…はい…」  知花は、幸せそうに笑った。  …複雑だが、千里の選んだ女だ。  間違いはないだろう。 「退学の件だが。」  事務所の近くのカフェで、チョコレートパフェを前に嬉しそうな顔をした知花は。 「……すみません。」  俺の一言で、うなだれてスプーンを置いた。 「ああ…食う前に悪いな。」 「…いえ…本当の事なので。」 「正直言って、俺は学校は卒業して欲しいタイプでね。」 「……はい。」 「ついでに言うと、頭の悪い奴も嫌いだ。」 「……」 「英語の歌詞を書くぐらいだから、英語はいいとして…他の教科はどうなんだ?」 「…悪くはなかったです。」 「今後の事に関して、家族…千里じゃなくて、両親は、どう言ってる?」  これは…知花に限って言ってる事じゃない。  今までも学校を中退したアーティストには、学力テストをしたりもした。  悪趣味だとナオトに言われたりもするが…ビートランドに所属するアーティストは頭が悪い。と言われるのが嫌なのは本当だ。  色んな意味で。 「両親…父はすごく怒りましたけど…バンドは…頑張りなさいと…」 「お母さんは?」 「…母は、いません。」  履歴書をちゃんと見たつもりだったが…それは見落としてたな…  いい所の娘だというだけで、勝手に親が揃っていると思い込んでしまった。  …血の繋がりはないと言ってたが。 「…歌の事なんだが。」 「はい…」 「知花の歌は、攻撃的過ぎる。」 「……」 「ハードロック向きだとは思う。だが、バラードが一本調子だ。」 「一本調子…」 「もう少し考えて歌え。おまえは恋する相手にも、そんなに攻撃的なのか?」  俺の言葉に知花は青くなったり赤くなったり…  全く…忙しい奴だ。 「…とけるぞ。」  目の前のチョコレートパフェを指差して言うと。 「…いただきます…」  知花は遠慮がちにスプーンを手にした。  まあ…こんな楽しくない話をしながらの甘い物は…美味くないだろうな。  ピピピッ  腕時計が鳴った。  三時か。  この後、ナオトと新人の書類選考をして… 「…あの…」  俺がコーヒーに口をつけると、知花が遠慮がちに言った。 「腕時計の電池…交換した方がいいかと…」 「あ?どうして。」 「アラームの音が、前より下がってます。」 「……」  そう言えば…この腕時計、買って一度も電池交換してないな。  だが…アラームの音で、そんなのが分かるか? 「耳がいいんだな。」  皮肉のつもりで言ったが。 「ありがとうございます。」  知花は…どこか懐かしい気持ちにさせるような笑顔で、俺に礼を言った。
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