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 エレベーターの前で、アメリカ事務所のスタッフと話してる光史を見かけた。  あいつ…英語話せたのか。  確か7歳までアメリカにいたから、少しは馴染みはあるだろうが…  マノンはなかなか英語に馴染めなくて、渡米してもしばらくはマイペースに関西弁で通してた。  ジェスチャーでどうにかやり取りをして…『何とかなるやんなあ』なんて…のんきに笑ってた。  が…  るーちゃんのためにピアノを習い始めた頃。  ピアノの師となった人に『英語で話せ』と言われて、泣きそうな顔で英会話を学び始めた。 「あはは。そういう前例はないと思いますよ。」 「いやいや、期待してるからね。」 「それは父に伝えておきます。」  …マノンは高校生…いや、中学生の頃から女好きで適当で、だがやれば出来る子で…  誰に対してもスッと入って来るような人懐っこさは、ある意味武器だった。  ま、今もそういう所は変わらないな。  女好きは、るーちゃんと出会って見事に消え去ったが。  適当…んー…今もいい具合に適当ではあるか。  それに助けられる事も多い。  だが、光史は…マノンの息子とは思えないほど、しっかりしている。  そう言うとマノンは目を丸くして。 「なんで息子や思えへんて言う?めっちゃ似てるやん!!思いやりの塊みたいな所とか!!」  って力説するんだよな…  空気感で言うと…マノンは陸との方が似てる気がする。  光史は千寿と同じ部類かな。 「あ。」  ずっと見ていると、俺に気付いた光史が近付いてきて。 「もう帰られてたんですか?」  マノンよりずっとゆっくりな口調で言った。 「ああ…心配かけたな。」 「いえ、俺は何も…でも…」 「でも?」 「父は高原さんの事が心配で心配で…数日眠れなかったんですよね。」 「…あ?」  光史はクスクスと笑いながら。 「本当、彼女の連絡を待つ男みたいに、電話の前から動かなくて。母が呆れてました。」 「……」  全く…マノンの奴。  額に手を当てて、小さく笑う。 「うちの母、ライバルは高原さんだって言ってました。」 「…勘弁してくれ。」 「羨ましいです。ずっと…バンドメンバーであり、親友関係でいられる事。」  光史が少し遠い目をした気がした。 「…メンバーと何か問題でもあるのか?」  気になって問いかけると。 「あ、いえ。そういうわけじゃないです。ただ…俺達もそうなって行きたいと思う反面、憧れのバンドのレベルが何に置いてもすごすぎて。」  やはり、どことなく…寂しそうな顔で言った。  …そう言えば、今まで陸とつるんでたのは光史だったな。  マノンもよく言っていた。 『バイト先に迎えに行ったり、二人で海行ったり。まるで恋人同士やねん。』  千寿の加入で、何か…変わったのだろうか。 「俺の留守中に録ったスタジオの音源、聴いたぞ。」  俺がそう言うと、光史は寂しそうな表情を引っ込めて。 「…どうでしたか?」  真顔で言った。 「自信は?」 「あります。もちろん。」  俺の問いかけに即答した光史は、力のある目をした。 「…頼もしい。」  心からそう思えた。  …アメリカ…  千里を行かせたい。  だが…  バンドとなると、やはり…  SHE'S-HE'Sか…  * * * 『あはは。そうなんだー。』  会長室の中から、笑い声が聞こえる。  おい。  瞳。  誰を連れ込んでる?  ガチャ  勢いよくドアを開けると… 「あ、伯父貴ー。お邪魔中ー。」 「パパ、遅い。」  ソファーに座った瞳と聖子が、二人でピザを食べている。 「…なんでここで食べる?」 「えー?誰にも邪魔されないから。」 「食堂で食え。」  ビートランドには、目立たないが…一応食堂がある。  ただ、メニューが麺類しかないがために、若い女性には人気がない。  だが、テーブル数が多いゆえに、人は集まっている。  …外で買って来た食糧を広げて。 「あの食堂、リニューアルしてよ。」 「あっ、賛成~。」  瞳の提案に、聖子も手を挙げる。 「ジャンクな物、ドッサリ入れてさ。」 「いいねいいね~。」 「コーラ飲み放題。」 「あははは。歌っててゲップ出ちゃうよ?」 「もう、それ言わないよ?」  何やら二人は楽しそうだ。  …笑っている瞳を見ると、安心する。  二人を眺めながら椅子に座って、机の上の書類を一つずつ仕分けする。  …周子の見舞いには…いつ行けるようになるんだろうか。  一応、状態が良くなってから連れて帰ったつもりではあるが…  その時、周子に付き添ったのは、瞳と女性スタッフだ。  俺は…まだ会える状態にはならないらしい。 「じゃ、あたしお昼休み終わるから行くね。」  口元を拭きながら立ち上がる聖子。 「うん。またねー。」  そんな聖子に、ヒラヒラと手を振る瞳。  俺は、そんな二人の姿を見て… 「瞳。」 「ん?」 「聖子とは上手くやっていけそうか?」  そう問いかけた。 「上手くやっていけそうって…?」 「一緒に暮らしてる子以外に、女友達がいるか?」 「ああ…別にそういうのって要らないけど…聖子は気が合っていいわ。」  瞳はそう言って、ピザの箱を片付け始めた。 「なんでそんな事聞くの?」 「…聖子がもしアメリカに行く事になったら、寂しいか?」 「……は?」 「せっかく仲良くなれたイトコなのに…離れるのは寂しくないか?」 「……」  俺の言葉に、瞳はピザの箱を持ったまま立ち尽くして… 「…千里が行くより、いい。」  低い声でそう言った。 「……別に、おまえの意見で決めるわけじゃない。」 「でも…聖子のバンドは、有望なんでしょ?」 「…そうだな。」 「千里は、絶対ソロじゃ行かない。」 「どうして絶対なんて言う?」 「だって…あれで結構仲間思いよ?」 「……」 「行くなら…聖子のバンドがいいと思う。」  瞳は…千里に行って欲しくない。と言っている。  …どうかしてる。  寂しい想いをした瞳に…そばにいて欲しいと思う奴を残したい…なんて。  俺は、ビートランドの代表だぞ?  だが…  瞳の父親だ…。
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