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 〇朝霧光史 「セン、バイト行こうぜ。」  陸がギターを担いで、センの肩に手を掛けた。  俺はスティックをケースに仕舞いながら…その様子を眺めていた。  センが早乙女家を勘当されて、一年が経った。  最初は俺達の日常がセンの非日常みたいで、連れ回すと目を白黒させていたが…  今や、ビールは飲むタバコは吸う…  遅れて来た青春を、謳歌しているようだ。  バイトも始めた。  陸と同じ音楽屋。  まあ…デビューする頃には辞めなくちゃいけないけどな。  三人で飯を食いに行っても…陸は織の話をする。  時々泣きそうになるセンに。 『おまえは現実を受け止めてねーから、そうやっていつまでも引きずるんだ』  と…まるで自分にも言い聞かせるかのように…言う。  織は、来月結婚する。  二階堂で働いている、男前の陸でさえ太刀打ちできないような男前と。  今も織を想う、陸とセン。  俺はそんな二人のやり場のない想いを見ながら、少し距離を置いた。  元々、一人でいる方が好きだ。  陸とつるんだのは…好きになったから。  いわゆる不純な動機だ。  今は、親友としての気持ちはあるが…恋と言えるような気持ちは、消えた。  最近。  消えたと言うか…消された。 「おう。」  一人でエレベーターに乗ると…神さんがいた。 「…どうも。」 「知花が世話になるな。」 「いえ…むしろ俺達の方が面倒みてもらってる感じです。」 「ははっ。あいつ世話好きだからな。」 「本当に几帳面ですね。」  スタジオに入って、誰かが譜面を確認して投げっ放しにしても。  知花はストレッチをしながら、さりげなくそれをまとめたり。  陸が張り替えて投げっ放しにしてた弦も、気付いた時には綺麗に巻いて置いてある。 「神さんも、知花と結婚して顔色良くなりましたよね。」  俺が小さく笑いながら言うと、神さんは頭をポリポリとかきながら。 「あいつ、栄養摂れって、本当うるさい…」  まんざらでもなさそうな笑顔。  そして…その薬指に光る指輪…。  …いつからだろう…  この人の姿を目で追ってたのは…。  知花と結婚したと聞かされるよりも、もっと…前。  TOYSという少し物足りなさを感じさせる…だけど一度聴いたら耳から離れない、インパクトのあるボーカルに、俺はすでに惹かれていた。  神 千里…どんな人だろう。  幸い、親父がプロデュースしているおかげで、色々話を聞く事が出来た。  ナイフを口に持つ男なんて言われてるのに、人一倍メンバーの事を思いやる…と。  それだけでも、俺の中ではギャップだったのに。  偶然、公園で…難しい顔をしている神さんを見かけた。  神 千里だ。  と、分かってからの俺は…挙動不審だった。  サインでももらうべきか?  いや、そんなミーハーな事はしたくない。  でも…何か特別な物が欲しい。  そんな欲を押さえ付けながら…  神 千里が、唸り出しそうな顔で一点を見つめているのを…俺も見つめた。  何を見て難しい顔をしているのかと思ったら… 「おまえ…反則だぜ…そんなに可愛いなんて…」  神さんはそう言って、足元の箱に入っていた何かを持ち上げた。  …猫だった。  持ち上げた時の神さんは、ヤバいぐらいの…笑顔で。  俺は…  それにやられた。  神さんを…  神 千里を…  好きになってしまった。
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