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 〇早乙女千寿  夕べ、バイトの後で陸がうちに来た。  最近…陸はよくうちに来る。  あんなに光史とベッタリだったのに、いいのかな…?と思わない事もないんだけど…  光史は俺と陸が仲良くしてるのを、何ていうか…父親みたいな目で見てくれている気がする。  …同じ歳なのに。  ま…光史は色々知ってるんだろうからな…  高等部の時に…俺が織を妊娠させた事…  陸が俺をボコボコに殴った事…  陸と話してると…自然と織や…子供の話題も出てくる。  …海くん。  織と…俺の子供。  夕べは新曲のギターソロを二人で練った。  陸といると、時間が経つのが早い。  それだけ刺激を受けているのだと思う。  結局外が明るくなって来たのを見て。 「やっべ。俺一限目入ってるんだった。」  陸は慌てて帰って行った。  今日はバイトも休みで…スタジオは夕方から。  陸には申し訳ないが、昼過ぎまでどっぷり眠らせてもらった。  午後に起きて、少しボンヤリして。  シャワーして、飯食って…お茶を点てた。  充実した毎日に、感謝しながら。  夕べ陸と考えたギターソロを、もう一度自分なりにアレンジして… 「…少し早いけど、行くか…」  時計を見て、独り言。  ギターを担いで部屋を出た。  メールボックスを見ると…親父から手紙。  アメリカに住んでいる親父とは、もう…10年以上文通している。  久しぶりに公園の近くを通った。  …昔、織とここで待ち合わせて…語り合った。  陸に荒治療されても…変わらない想い。  織には…もう、想い人がいる。  陸から聞いた。  俺なんか足元にも及ばない、立派な人だ。  懐かしいベンチに座って、親父からの手紙を開いた。  いつかアメリカに行ったら…会いたい。  ずっとそう思い続けて…  もしかすると、その夢は遠くないかもしれない。  そう思っている自分がいる。  その夢は、織との約束でもある。  ギタリストとして成功する事。  親父に…会う事。  …どちらも叶えたい… 「あの…すみません。」  ベンチで桜を見上げていると、声を掛けられた。 「…はい。」  振り向くと、男の子を抱えた…ちょっと…男の俺でさえドキッとするような…男前。 「ほんの少しの間、見ててもらえますか?」 「え?」 「そこで電話かけてくるんで。」  そう言って男前は、抱えてた男の子を降ろして、俺の隣に座らせた。 「え…え?」  お…おい。  見ず知らずの俺に、いきなりそんな事を?  嘘だろ?  置いてそのままどこかへ行くとか…ないよな?  俺が狼狽えると。 「ちゅくって。」  男の子が…俺に折り紙を差し出した。 「……」  男前はと言うと…ゆっくりと電話ボックスに歩いて行って、本当に電話をかけ始めた。  俺は仕方なく…差し出された折り紙を手にする。 「…何を作ればいいかな?」 「ちゅる‼︎」  ちゅる…鶴か。 「できゅ?」  俺が折り紙を手に悩んでる風に見えたのか。  男の子は、俺の顔を覗き込んで、首を傾げた。  ははっ…可愛いな。 「出来ると思うよ。少し待ってくれるかな?」 「うん。まちゅ。」  男の子は、俺の手元をじっと見つめる。  …緊張するな…そんなに見られると…  確か、ここを折って…  あれ?こっちに折ると、首が太くなるのか?  えーと…  …折鶴なんて、いつぶりだろう。 「…できゅ?」 「お…おう。」  期待に満ちた目で見られると…失敗は許されない気がする。  ここを…半分にして… 「…よし。出来た。」 「あぃがとっ!!」  男の子は俺の作った、少し…いびつな折鶴を手に、ベンチから降りると。 「あっ。」  何かを見付けたのか、急に駆け出した。 「って、おい…」  公衆電話を振り返ると…男の人がいない…!?  お…おいおい!!  って、それより男の子… 「かあしゃんっ。」  …母さん? 「お花きれいだねー、海。」  俺は聞き覚えのある、その声に…立ちすくんだ。  そこには… 「…織…」 「…セン…」  目の前に立っているのは…織だった。  あの頃と…何も変わらない…  茶色い髪の毛。  白い肌。  大きな目…  触れたくなる…唇。 「あのお兄ちゃんに、こぇ、ちゅくってもやった。」  男の子がそう言って、織に折り鶴を見せた。 「…そう。良かったね。」  織の声… 「…久しぶり。」  心臓がバクバクする…。 「…元気そうね。」 「ああ。」  最後に会ったのは…やはりここで、だった。  初めて肌を重ねたあの日から、数日後。  なぜか俺たちはギクシャクしていて…  手を繋いだまま、静かに座っているだけだった。  あれからお互いの都合が付かず、会えない日が続いて…  そして、別れの手紙が届いた。  会って話がしたかった。  そう思っていた時…陸に真相を明かされた。  織は…あの頃と全然変わらない。  陸から毎日のように名前を聞くせいか、俺もまた…気持ちはあの頃のまま止まっていた気がする。 「陸から聞いたわ。バンドしてるって。」 「ん…」 「髪の毛、伸びた…ね。」  …え?  なんで…知ってる? 「…どうして?」 「だって、あの時…」  織は自分の爪先を見ながら。 「…あたし、隣の部屋で見てた。」 「……」 「センがあたしへの想いは偽りじゃないって…髪の毛を…」 「…あれから、伸ばしてるよずっと。」  織への想いが偽りでないなら…指を切れ。  そう言われた。  だが、俺の気持ちは偽りでないからこそ…指は切れなかった。  織との約束。  夢を叶えるために、俺には…指が必要だった。  手にした短刀で、俺は…指ではなく髪の毛を切った。  そんな事をしても、どうしようもないのは分かっていたが…  そうする事しかできなかった。 「あれからしばらくは、俺もふぬけで立ち直れなくて。でも、いつでも織のくれた手紙を読みなおして…とか言ってもさ、結局は自分で動き出すことなんかできなかったんだけどな。」 「……」 「音楽屋でスカウトされて、賭けてみたんだ。それが、今に至ってるわけなんだけど。」 「家、勘当されたって…」 「ああ、でも何かふっきれたし…お茶も、それなりにたてたりしてるから。」  優しい風が吹いて、織とここで出会った日を思い出す。  あの日も…親父からの手紙を読んでいた。 「今日は?」 「今からスタジオ。親父から来た手紙読んでたんだ。」 「…この子…」  織が、男の子の頭を撫でる。 「さっき、男の人と一緒に来て、電話かけてくるから少しの間見ててくれって頼まれたんだけど…」  …そうか。  あの人が、陸さえも叶わないと言わせる…男前か。 「あたし、その人と来月結婚するの。」 「……」 「実は、先月その人の子供産んじゃったんだけど…」 「…おめでとう。」 「…ありがと。」  前情報はあった。  だけど…まだどこかで俺は…  俺と織は、まだ繋がっている。  そう思っていたかったのかもしれない。  …織が幸せなら…いいじゃないか…なんて、必死で思い込ませて。 「海くん…だっけ。」 「うん。」  こうして見ると、織にそっくりだ。  …俺に似た所なんて…ないな。 「…一度だけ、抱いていいかな。」 「……」  自分で言って…ドキドキした。  俺の…  俺と織の…子供… 「海、お兄ちゃんに抱っこしてもらいなさい。」  織がそう言うと、男の子は俺の折った鶴を持ったまま。 「だっこ。」  俺に…両手を差し出してくれた。 「……」  胸が。  胸が、ギュッと…締め付けられた。  俺の…血を分けた子供…  海…くん。  脇を持って抱えて…  ああ…こういうのに慣れてない俺なんかに抱っこされて、居心地悪くないかな…  なんて、少し…変な気分になった。 「おにぃちゃん、おんなのこ?」  ふいに、海くんが俺の目を見て真顔で言った。 「…お兄ちゃんは、男。海くんと一緒。」  俺が…少しだけ額を近付けて言うと。 「うみといっしょ?ながいね、こぇ。かあしゃんといっしょみたい。」  海くんは、俺の髪の毛をゆっくり触った。 「…そっか。髪が長いと、女の子みたいか。」 「みたいー。」  …可愛い。  俺と海くんのやりとりを、織は少し遠くを見ながら聞いている。  俺は少し織に歩み寄って…言った。 「本当はさ…できることなら、一生織にも、この子にも会いたくないって思ってた。」 「……」 「でも、それは単なる強がりで…いつだって、二人の事考えてたんだ。」 「セン…」  織が、俺の目を見た。 「幸せなんだな…良かった。」 「あたし…」 「いいんだ。陸にも言われたよ。おまえが立ち止まったままなのは、現実を見てないからなんだって。」 「陸が?」 「俺って、ひどい奴。俺と一緒にならなかったからー…織はちょっとばかり不幸になってるかも、なんて考えたりもしたし。」 「……」 「でも、良かった。これは本心だよ。」  …いや、まだ…強がりでしかない。  俺は、会えない織と子供に夢を馳せて。  いつか…と。  まだどこかで夢を見てた。  だが、織は幸せを見付けて。  その人と結婚する。 「あ…寝ちゃった。」  織が俺の腕の中にいる海くんを見て言った。 「…ほんとだ。」  もう…こんな事はないかもしれない。  海くんの重みを忘れないよう、俺は…大事に、大事に…海くんを抱きしめた。
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