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 〇高原夏希 「…え?今…なんて言った?」  もうすぐ瞳がデビューする。  俺は、その事に浮かれていた。  今まで、プレデビューのような形でシングルCDを作って流したりはしていたが…  いよいよ本格的にデビューする事になった。  周子とは…相変わらず会えないままだが、瞳のデビューは俺にとって遠足の前のような楽しみをくれた。  それが… 「だから、パパのマンション。圭司と千里と三人で住んでいい?」 「……」  今、我が娘は…  俺のマンションに、男二人を連れ込んで一緒に暮らしていいかと言ったか…?  確かに…瞳があそこを使わなくなって、全くの空家だ。  アメリカンスクール時代の友達の家に住んでるはずだが… 「友達の家は。」 「も…もう出なくちゃいけないから。」 「…ダメだ。」  瞳を見据えて言うと。 「何でよ。」  瞳は唇を尖らせて、俺に顔を近付けた。 「男二人と暮らす意味が解らない。」 「…あたし一人じゃ、あそこは怖いの。」 「……」  それを言われると、何も言えなくなる。  だが… 「それなら、あそこを売って違うマンションを買おう。」 「場所は好きだから…あそこがいい。ただ、一人じゃ怖いからイヤ。」 「待て。まず…なぜ三人で暮らしたいのか説明しろ。」 「……」 「俺が納得するような話なら、考えてやってもいい。」  ただ楽しいからとか、そんな事を言ったら…絶対反対する。 「…圭司、中学生の時、お母さんに捨てられたの。」 「……」  いきなりそんな話を始められて、少しまいったと思った。 「知らなかった。いつもヘラヘラしてるし…。この前、お母さんって人が来て…お金がいるって言ったら、圭司…自分の全財産をその人に渡したの。二度と現れるな、って。」 「…それで?」 「なのに…お母さん…勝手に圭司が住んでた家…売却しちゃったの。」 「……」 「圭司、家もお金も失ったし…」 「失ったし?」 「…お母さん、圭司を捨てた後、圭司に暴力振るってた継父との間に子供作ったんですって。」 「……それで、同情してるのか。」 「しない方がおかしいでしょ。」 「……」 「圭司…あたしみたい…」  瞳の目は…自分の手にうっすらと残った傷痕を見ていた。 「…千里は金があるだろ?」  マンションも売ったと聞いたし、あいつはTOYSの中でも一人だけ曲を作る分、印税も入る。 「千里が部屋を借りて、圭司と一緒に住めばいいじゃないか。」 「んー…」  瞳は少し眉間にしわを寄せた後… 「…聞かなかった事にしてくれる?」 「何。」 「千里…慰謝料か何かよく分かんないけど…お金随分払ったみたい。」 「…は?」 「詳しい事はあたしにも圭司にも言わないんだけど…とにかく、離婚して一文無しだって言ってた。」 「……」  もし知花側から慰謝料を取られたとすると…  知花が未成年だったのに結婚して、一年半で離婚という形になったから…という経緯か?  それとも…瞳が絡んでた事を知られて、千里が一人で負った…か?  いずれにせよ、一文無しになるほど金をとられるなんて事があるのか? 「絶対千里に聞かないでよ?」  …千里を呼び出そう。と思った所で、瞳に釘を刺された。 「…千里と一緒に暮らす気になれるのか?」  正直…一番気になっている所はそこだ。  以前…付き合っていながら、千里は知花と結婚した。 「ああ…それこそ、チャンス到来かなぐらいに思ってるんだけど。」  瞳の言葉に首をすくめる。  …こいつのポジティブな所は…昔の周子みたいだ。  昔の周子…  俺が、変えてしまった。  頑なに…結婚を望まなかったせいで… 「…ね?パパ。いいでしょ?」 「……」  いい気はしない。  むしろ大反対だ。  男二人と一緒に暮らすなんて… 「今の所、あの二人が一番…あたしの理解者なの。」  …実際、あの二人とつるみ始めて…瞳はかなり落ち着いた。  ジェフの一件があった時も、そばにいてくれたのは、千里と圭司だ。 「…本当に…おまえは…」  俺の痛い所を突いて来る。 「でも、あたしがちゃんとマンションに帰るようになったら、パパだって安心でしょ?」 「そうだが…」 「あたしを信じて。」 「……」 「ね?」 「……」  かくして…瞳は俺のマンションで暮らすことになった。  千里と圭司という、二人の男を交えて。
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