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「瞳には聞くなと言われたが、どうしても聞いておきたい。」  昨日、千里と圭司が揃って俺の所に来て。 「…数ヶ月ほど、お邪魔します。」  遠慮がちに言った。  本当なら一ヶ月も置いてやりたくないが…仕方ない。 「…何でしょう。」  目の前の千里は、離婚以降…随分痩せた。  その分、精悍さが増して…TOYSが表紙になる月の音楽雑誌は売り上げがいいらしい。  特に、千里の特集がある時は。  以前は十代・二十代からの支持が多かった千里にも、最近は三十代のファンが増えた。  相変わらずラブソングは書かないが…混沌とした世の中を歌う皮肉めいた歌詞が、社会に納得のいかない働く三十代から支持されているらしい。 「どうして一文無しになった?」 「……」  千里は無言で俺の顔をチラリと見ると。 「…しょーもない事で。」  顔の表情を一つも変えず、そう言った。 「しょーもない事とは?」 「……」  言いたくないんだろうが、こっちには聞く権利がある。  可愛い一人娘と同居させるんだ。  言え。  早く。  そう思ってると… 「…マンションを手放す前に…」 「……」 「暴れて、壁とか…壊して。」 「…は?」 「それも…部屋の中だけじゃなくて…エレベーターとか…」 「……」  呆れて物が言えなくなった。 「警察沙汰になる所だったんですが…業者と話して…金で解決しました。」 「…改修費用か?」 「改修費用と…それだけじゃ済まなかったのと…後は…」 「…知花に慰謝料でも払ったのか?」 「……知花に、じゃなく…桐生院家に。」 「どうして。」 「…要らないとは言われましたが、それぐらいしか出来ないと思ったんで。」 「……」  もっと詳しく聞きたい気もしたが…  千里の目が、これ以上話さない。と言っている気がしてやめた。  千里は…  俺が思ってるよりずっと、知花を愛していたんだな…  偽装結婚を疑って。  だが、二人が想い合ってると分かって…  反対をする理由はなくなった。  それでも、どこかで千里と瞳の事があきらめきれなかった俺は、千里はどこか本気じゃない部分があるはずだ…と、  勝手に思っていたかもしれない。 「…おまえ、そんなに好きなら…」  俺が言葉を出しかけると。 「もう、いいですか。」  千里は早口でそう言って立ち上がった。 「…ああ。」 「なるべく早い内に、部屋探します。」 「その前に稼げよ?」 「…はい。」  SHE'S-HE'Sが渡米して、俺は…イギリス進出の件もあって、一度もアメリカには行っていないが…  毎月出向いているマノンからは『何も問題なく好調に進行中』と連絡が入る。  千里と別れて、順調に夢に向かう知花と…  知花と別れて歌うしかないと悟ったのか、がむしゃらではある千里…  この二人が、またいつかどこかで交わる日は来るのだろうか…。
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