21人が本棚に入れています
本棚に追加
/22ページ
第一話 推しとの出会い
その絶望の瞬間は、唐突に訪れた。「courte été」が芸能界引退を発表したのだ。
「courte été」は女性二人組アイドルユニットで、ライトブラウンのショートカット、明るく元気でダンスが上手い「ゆき」と黒髪ロングの天然系お嬢様、歌唱力抜群の「なぎさ」。それぞれ個性的な二人は、若い男性を中心に人気があった。
デビュー三周年を祝うライブツアー最終日。テテ――ファンが呼ぶ愛称――の二人が目標にしていた初めての武道館ライブで、俺はセンターステージ最前という神席で担当のなぎさのイメージカラー・バイオレットのペンライトを全力で振っていた。終始尊さのあまりに涙を流しながら。
ゆきとなぎさは最後まで全力で曲を歌い踊って、一度ステージを降りた。
しかし、アンコールの声に応えてせりから再び姿を現した時、二人は感動とは違う涙を流していた。俯きかげんに中央に立つ二人の様子に不穏な空気が会場に広がる。
そして、ゆきが決心したように言った。
「私達『courte été』はこのライブを最後に……芸能界を引退します……!」
次のシングルやアルバムの発売予定が発表されないのは、このライブのアンコールで初披露されるからだと思っていたし、次のライブの日程が発表されないのは、ドームとかかなり大きな箱での開催が最終日の今日サプライズ発表されるものだとファンは全員思っていた。
だから、その言葉の後、会場はさっきまでの盛り上がりが嘘のように、衣擦れの音さえ響きそうなほど静まり返った。
「私達は明日からステージを降りて、普通の高校生に戻ります」
ゆきの視線を受けて、なぎさが大きな瞳を涙でいっぱいにして胸に手を置く。緊張した時、落ち着かせるためによくする仕草だった。
最初のコメントを投稿しよう!