第二話 瓜二つの少年

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 つい昨日まで手の中にあったものが、指の間から零れ落ちていく。急速に男に戻っていくまでの間、その感覚を味わったに違いない。 「ただの変声期だと思えばいいんじゃねえか?」  凪佐が顔を上げる。目を丸くして、俺を見詰めている。 「俺も中二の夏だったか? 天使みたいなソプラノボイスだったのに、急に声が掠れてハスキーボイスみたいになったんだよ。シンディの曲が原曲キーで一切歌えなくなってさ」  そう。それなら大なり小なり、俺にも経験がある。大それたものではなくても、平凡な男子が経験する、ありふれた小さな絶望の話。 「でも、一オクターブ下では歌えたんだ。歌い方も変えて、喉を痛めないように腹から声を出すように意識してさ。そうやって一年くらい経ったら音程も安定してきて、好きなように歌えるようになった。一年前の高音が出てた頃のことなんかきれいさっぱり忘れて、その時の俺の歌が最高だって思ったよ」  実際あのシンディボイスのままだったらバンドは勿論、今の俺の音楽は存在していなかった。  今の俺の声が一番いいと思っているのは嘘偽りない本心だ。高音は張れなくなったかもしれないが、低い音域が拡がって、楽器としての声は以前よりも格段に使い勝手が良くなった。 「歌うことをやめなきゃ、絶対今の凪佐の声が最高だって思えるようになるぜ」  ちょっと説教くさい感じがして、照れ臭さから笑みを浮かべる。と、凪佐の大きな瞳から涙が溢れて、ぽろぽろと滴が零れ落ちた。
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