第二話 瓜二つの少年

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「ちょっ……! わ、悪かった! 凪佐の苦労の比じゃねえよな⁉︎ 俺の変声期の思い出なんかどうだって――」  突然の涙に動転してテーブルの上の備え付けられている紙ナプキンを手渡す俺に、凪佐が指で涙を拭いながら首を横に振る。 「ごめんなさい、違うんです。嬉しくて……」  凪佐は紙ナプキンで目元を押さえ、薄く笑みを浮かべて俺を見詰めた。少しだけ晴れやかな表情になったように思える。 「声変わりなんて皆経験することですよね。それなのに、僕だけが可笑しくて上手くいかないみたいに思うなんて……馬鹿だなぁ」 「そんなことねえよ! 凪佐の場合は変化が急だし、女声から男声への変化なんて普通は無いからな。ショック受けんのは当たり前だと思うぜ?」  まだ目は赤いが、涙が止まったのを見て胸を撫で下ろす。  人生で目の前で誰かに泣かれたことなんて無かったから――目つきの悪さから俺に寄ってくるのは仁織みたいなタイプしかいなかったし――、心臓に悪い。 「……僕も、諦めずに歌い続けたら、世理人さんみたいに自分の歌が好きになれるでしょうか?」 「ああ、絶対好きになるよ。だって、凪佐は歌が好きなんだから。その気持ちだけ忘れなきゃ、大丈夫だ」  凪佐を励ます言葉が、どうしてか自分の中に沁み込んでいくようだった。  スランプになって、苦しんでいるうちに、少しだけ音楽が嫌いになっていたのかもしれない。音楽が好きだからやっているんだと、そのことに立ち返ることができた。  マイナス思考の俺からこれほどポジティブな言葉が発せられたのは、なぎさの引退以降三ヶ月ぶりのことだった。
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