第一話 推しとの出会い

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 もう二度と見れない。控えめな笑顔も、一生懸命なダンスも。もう二度と聴けない。繊細で透明感のある美しい歌声も、ゆきと話す時の天然な発言も。  俺の人生を支えてくれていた、天使であり女神であり救世主が、あの日を境に消え去った。絶望のどん底に突き落とされ、もう何も信じられないと膝を抱えて震える日々を送っても仕様がない。 「世理人(せりと)くーん、新曲まだですかぁー?」  喫茶店のテーブルに突っ伏したまま動かぬ置物のようになっている俺に向かって、仁織(にしき)が気怠そうに言う。  アップバンクにスキンフェードの銀髪というヤンキーのようなヘアスタイルだ。俺と同じ二十二歳で、高校からの腐れ縁。スカジャンにパーカー、太めのジーンズというヤンキースタイルは昔のまま変わらない。  まあ今は真面目にカラオケ店で週五でバイトしているので、元ヤンというべきだろうか。 「まあまあ、焦ってもどうにもならないからさ」  うちの良心、智哉(ともや)。二十四歳で俺達より年上なのでいつも仁織と揉めた時仲裁してくれるお兄さん的存在。  スパイラルパーマにダークブラウンのセミロングヘア、ブラウンのロングコートにグレーのバンドカラーシャツ、細めの黒のパンツという落ち着いた服装だ。  基本的に温和な性格だけど、仁織と掴み合いの喧嘩になった時、一度だけ智哉を怒らせてしまったことがある。  一八〇センチ後半の身長はあるものの細く見える身体からは想像できないほどの怪力で、俺と仁織の胸倉を掴んで壁に押しつけて「仲直りして?」と言われた時は死を覚悟した。  それ以来、智哉を怒らせないように喧嘩する前に鎮火させるようにした。
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