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春一番
眠い。
まぶたを閉じる。
眠い。
目覚められない。
重たい。
ぜんぶ。
眠い。
ふと目尻に浮かぶ温いものに泣いていると気がつく。何に対して「泣く」という行為をしているかはわからない。
だが、直前の私は、一日を振り返って、代わり映えのない日常の中で見つけた背中を、追いかけ続けていたから、きっとそこを源とする水なのだろう。
別に、生きるというだけなら人間関係なんて最低限で構わないだろう。仕事での付き合いやら友人やら、ほか様々名前がつけられるだろうそれらをすべて自らの胸の内に含む必要はない。
それに私は可愛げのない人間だ。
笑わない能面のような顔だ。写真も嫌いだ。面白みもない。あるのは効率化への意識ぐらいか?
どれほど整っていようが、整えていようが、全くそれが揺らがないのなら仮面と同じでしかないだろう。
別に可愛げがないと誰かに直接言われたわけではないが、明らかに、恐らくという言葉を一応つけるが、扱いの差などを感じればそういう結論に至ってもよいだろう。具体的な話は避けさせてほしい。
先に言うように、ただ生きるだけならば、色のない道を歩くだけならば迷惑にならぬように、静かに静かに暮らすことで可能だろう。完全にゼロにできるわけではないだろうけれども、その僅かな迷惑の掛け先を限定すればよい。その先に選ばれるのだろう各種公務機関やらサービスやらには申し訳もないけれど。
でも人は、そうも行かないのだ、たぶん。
誰が嫌いで誰が好ましいという話は能面のような面を引っさげる私のもとにすら響いてくるのだから。
詳しいことは知らない。知りたくもない。やれ男が浮気しただのあそこの夫婦が別居だなどと、そんな話をされても、それらはその関係者の問題で、場合によって弁護士を挟むべき事案であり、法のもとに処理されるべき話ならば、法の初心もない私にはどうしようもないことなのだから。
けれど人はそういう話をよくする。
今まで生きてきて、正直そういう浮いた話など個人的にはないと言う人生だった。何を気に入ったかやってくる人はいたが、破綻している私をやがて見破って去るだけだ。
私も来る者は拒まず、去るものは追わない。だって私にとっては、ただの風のようなものだからだ。
隣に異性がいたとて特に思うことはなく、淡々としていれば何故か興味を持った人間とて飽きるのは道理。
そんな私がなぜ、今枕を濡らしているのか?
さて、何故なのだろう。
この世には恋愛に関する言葉が多く存在するように、古くからそれは人生における花のような、そんな役割を持っている。現代に至ればそれに代わる華も多くあるから、ソレに固執する必要もなくなって久しい。
私のこれも、恋愛というものには遠いと思っているけれども。
憧れ?尊敬?尊び?愛憎?情欲?どれも腑には落ちない。
ただの風の一種だったけれど、どこか、温かいそれにほんの少しだけ、驚いたに過ぎないのだ。きっと。
私はあの背中について多くは、……知り得ない。
だけどそれでもあの風は優しくて温かいと知ってしまい、この世に吹く風の中にもそのような種別があると理解した。
してしまった。
ともあれ。
眠い。
目を閉じる。
ふと湧き上がる心のうちの言葉たちは、意外にも可愛げはないが、真摯な言葉が多くて驚いている。
もしも運命なるものがあるというのなら、それが元の鞘に収まるだけだから、この風とは別れなければならないはずだ。
私のようなものに、この風は贅沢が過ぎる。
肌を切るわけでもなく、荒れるだけ荒れて置いていくでもなく、ふわりと春めいたそれに包まれるだけの風にお似合いなのは、もっとそれこそ花が咲くような可愛らしいひとだろう。
私の知らないような、花のような、ね。
体温で温まった毛布を引き上げて、忘れようと努める。だが言葉は積もるばかりで吐き出せるわけでもなく、塵と同じく積もって山となっていく。
これが恋とするなら、なんて身勝手か。
何も知らないのに。
誰かに迷惑もかけそうなのに。誰かの人生を壊してしまうかもしれないのに。
よく、ドラマではこういうとき、それでもヒロインは踏み出していく。あのひとと結ばれたいという安易な意図のもと。それで、壊れる関係性のことは気にならないのだろうか。
気にならないのだろう。
嗚呼、眠い。
知らないのだろうか、目には目を歯には歯を、である。壊された関係性はきっと自分に牙を剥くぞ。それでも果敢に飛び込んでいく物語の彼女たちには、何が見えているのだろう。何を持って、その手をとることを幸せと定義して、運命だという言葉に任せてしまうのだろう。
だから、眠いんだ、ってば。
目は、閉じている。
あの風を思い出して、恋しいなどと思う暇があるのならば、私はもっとやるべき事項があるはずなのだ。
私は運命の、物語の根幹にいるヒロインではないのだから。救われないどこかの何かでしかないのだ。自らの手で生きねばならない、できるだけ、静かに。
目立たずに。
息を潜めて。
でも、やはり。
またあの風とすれ違いたい。
…………。
寝る前の記憶は、曖昧だ。
意識が半分溶けている。けれど、何か眠れずにいたという漠然とした感覚と頭の重さが、寝不足を強調する。
今日の天気は晴れ。
風は強そうだ。
何事もなければいいのだけれど。
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