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距離感がバグってる
同僚と上司が喧嘩したらしい。
らしい、とはなぜか。まあ同僚からそういう報告を受けたためである。ただ、「課長と昨日めちゃ喧嘩した」という一言だけではあったが、普段からあるぎこちなさがさらに倍になっているところを見れば、何かあったことだけはわかる。
喧嘩したで済むのが、アットホーム(笑)な職場の悪いところ。一応平と上司とが喧嘩したって、普通の企業ならどっちか減額なり入りそうなものだけども。まあ、内容にもよるか。私はその内容はまだ聞き及んでいないため、判別も何もない。
ただ普段、マイナスな話は好まない彼がわざわざ報告してくる程度にはしっかり喧嘩したのだろう。課長は何も言いはしない、娘と同年代の部下に変な心配やらをかけたくないとかかっこ悪いとかで。
いや、あのね、板挟みなんですよ。うん。そのせいで。
どちらかから発の雑談に私がいると、どちらかも乗ってこれるのに、私が何も言わなければお互い気まずい雰囲気を持ちながらすれ違うだけ。
どちらも私の隣の立ち位置を取り合う。私がこの会社でなんでも屋な気質なのも相まって、誰もそこにツッコむことはない。おかげさまで後輩にもモテる、良い意味でも悪い意味でも。
普段なら溜息をつくほどではない、男ったらほんと案件なのだが今回は少し修羅場を覚悟した。
同僚くんはなんと社長にまで話を持っていったそうな。置物の社長といえども社長は社長である。何かしら動き出したら面倒極まりないのだ。置物ですら居てほしくないと正直思ってしまう程度には「邪魔」なのに、通常業務の中に聞き取りとかいうものが発生する可能性が生まれたのだ、勘弁してほしい。
聞き取りなら仕方ないと割り切ることもできない、世襲二代目のお坊ちゃまは本当に現場を知らないし、気を使うこともしないし、取引先さんにも迷惑をかけ、実質やっている仕事は大したこともなく、早々に退社する。何やってんだてめぇふざけてんなよと言いたい。あと一言で済むことをわざわざ遠回しに話すのが本当に面倒くさい。同じことを二度言っているようなものなのだ。校長先生の話を想像してほしい、あれはまだたまにためになる話があることもあるだろう。こちらは何のためにもならない。学生ならうたた寝でもしていれば良いが、こちらは業務時間中にそんな話をされて終わるまでデスクに戻れないのだ。
本当にいい加減にしてほしい。
ただでさえデジタル機器に弱い古株の人が多いアットホームである、それのサポートをするのも私だ。後輩が上の人に訊くのは怖いとまず門戸を叩くのは私のところだ。仕出かしの報告も私のところだ。
正直社長は見たくもないレベルだ。もっとしっかりやれ。あと面接もちゃんとやれ、入ってくる人材に何かしらの問題がありすぎてどうしようもない。教えるとか以前にまともに出勤してこないとはどういうことなのだ。
サボるやつになんの罰もないのもどういうことなのだ。
何度も確認したのにどうしてしょうもないミスをした上で、自分ではないとしらばっくれるようなクソどもを簡単に雇うのか。
世代がどうとかよく言われるが、世代による特色はあれども、やるやつはちゃんとしている。世代ひとくくりにしないで頂きたい。私とて所謂「ゆとり世代」の枠に入れられるが、私が倒れたらこの会社どうなんの?と内心思うし、やってみたさすらある。適当なちょうどいい病気で倒れたい。
いや、倒れたくはない。この変な天秤を揺らさせるだけでも十分やべー会社というのはおわかりいただけると思う。
閑話休題。
というわけでとりあえず今のところは何も起こっていないが、喧嘩の報告から数日経てども気まずさは抜けていない。よそよそしいが、私が挟まるとするりといく。
私がおかしくなるのが先かもしれないと覚悟を決め始めた頃、帰り際に同僚くんが話を切り出した。
「まだ時期とかは未定だけど、いつか辞めるってことは言ったんです」
「それで社長は?」
「別に」
「はぁークソがよ」
「まあ、そもそも辞める予定はあったわけだし」
「そうね」
実際、彼はうちの会社には少々勿体ないと言っておこう。古株の人と馴染んでいくようなタイプではないし、仕事するのは当たり前というウチではなかなかお目にかかれないハイクオリティな意識の持ち主。そのうち辞めていくのだろうというのはわかっていた。そこに驚きはない。
「言ってなかったけど、課長と衝突は結構してたんすよ」
「はー?」
え、喧嘩今回だけじゃなかったのか。そう顔にありありと書かれていたんだろう、しっかりと人の目を見て話す彼は、正直人と目を合わせるのが苦手な私のこともしっかりと見て話を続ける。
「表出ろみたいな」
「は?」
今度はドスの効いた声が思わずこぼれて、彼は笑った。
喧嘩売ってるのは課長の方だろうとは思っていたけれど、そこまで柄の悪いことをしていたのか、と。
確かにあの課長は、昔ワルだったタイプではあるし、それがちょっと抜けきれてないところはある。ただ仕事はできるし、やることはやっているため特筆すべき悪い人ではない。というのが一般総評となるような。友人関係はちょっとまだ黒いご様子だが、こちらに被害はないので良し。
そんなお人から大抵は理不尽もしくは勘違い等で喧嘩を売られたらキレたくもなろう。
タイムカードを押す機械音がふたりきりの室内に響いた。今週の戸締まりは彼の担当である。
「それは課長の方が悪いわな」
「しかも表出ろの勢いで結局、内容としては俺が合ってて。ごめんで終わらせるんですから」
「あ、やだ」
「でしょお?」
今回の件については、彼の味方になることが確定した。自ら介入していくと同僚くんの立場も悪くしてしまうだろうから、課長が隙を見せたら説教のコースで。
実際、彼からこうして愚痴を聴いている通り、そのまた逆も私にはある。全部できるので最後まで残りがちな私と、戸締まり役とでだったり、たまたま二人であたる場合だったりの隙にだ。
ただその愚痴も場合によってはとってもすごい発言が飛び出ることが多く、黒いのが抜けきってねぇなと思うときもあった。そもそも、入社タイミングが同じならともかくとして、お互い学歴も経歴も違うのにたまたま入社した先で、同い年と発覚し、趣味なども合う我々が仲良くならないわけもないだろう。自前で持ってきたお菓子できゃぴきゃぴできるのだ、もはや女友だち。
そんな同僚の悪口をしっかり言われるのだから、気分はよくはないだろう。課長の悪口?まあ、そこはあれ、分からなくもないとなってしまうのだ。だる絡み多いしね。
あと、課長は言葉がやばすぎる、アイツ病気だとか言うんだもの。もし本当に病気だとしたら排斥するのではなく、サポートしなければならないし、そうでないとしたらとっても失礼極まりないだろう。この現代においてもはやメンタル系の病は日常にありふれた話であることをご理解しろ。
仕事の覚えが悪いとか、そういう話ならまだ本人のスペック話になるので、どうしたらいいんでしょうねぐらいに流せるのに、頭イカれてると、同僚とは呼称しているが友人のことをそんなふうに評されればイラッと来ても当然だ。その時の私はとても偉いので、ちょっと引いた雰囲気だけで済んだ。
まあ、仕事をする上で関わるのがわかっているのにお互い歩み寄れないことに問題がないわけではないけれど。
そればかりは相性とかもあるだろう、私だって嫌いなやつは嫌い。存在を無視する。流石に人付き合いについて講釈を垂れるような人間ではないのだ。
彼という新しい枠のおかげでここの人間の、私が見ていなかった部分が見えたのも大きいかもしれないが。
そもそも男には厳しく女の子は甘やかすみたいな風潮が現代にミスマッチ。私はその中でも可愛げがある方ではなかったため、若干厳しさを見せられ、反抗心で仕事を覚え、実力でやり返したようなもの。ここまでくれば私を可愛がらない選択肢もないみたいなやつ。とはいえ、課長はまだマシな方だと思っていた。
最近はやたらと後輩ども全員を甘やかす上のせいでイライラが止まらないのだから。
まあ、とりあえず自分の立ち位置が決まったところで何をするわけでもない。目の前で起こらない限りは不干渉のほうがいい。だから、いつも通り仕事を捌きつつ趣味の話とお菓子で盛り上がるだけだ。仕事はやっている、文句は言わせない。
「今日、昼どうします」
「あんまりガッツリではないよね」
「っすよねー、ランチやってるカフェとかにしますかぁ」
「シフォンケーキ焼いてきた」
「やば、ちょっとそういうのは言ってよね、紅茶持ってきてないよ、うわ天才すご、え?手動?」
「衝動的にやったから…今、腕……実はやばい」
「誕生日だ祝え」
「マジすか、あ、ほんとじゃん」
数時間後、彼はコンビニにいつ走ったのかは知らないが、お菓子をたくさん買ってきてくれた。
「俺……子供できたら、子供が帰ってくるタイミングでお菓子とか焼き上げておいてやりたくて」
「なんだその理想。もう焼けるから手ぇ洗っておいで的な?」
「そうそうそうそう」
「私は三時のおやつホットケーキでそれだった」
「お嬢様育ち……」
「娘にパパと結婚するって言われたい」
「うーん子供できる云々置いとくとしても、まず体型維持してイケメンであることですね」
「実際のところどう?言う?」
「言った」
「いいなぁー!!言われてー!!」
仕事はしている。
二人とも最高効率で。よほどのことがない限り文句など言わせてたまるものか。
ただ。
ただちょっと首をかしげる。
なんで私は同僚と、子供が出来たらなんて話をしている。
いや、そういう歳ではある。結婚してるやつももういる、子供がいるやつも全然いる。
けど我々はその気はまったくない、意図的でなくても。
まあ、でも、なんか面白いからいいか。
「実際結婚の挨拶するーってとき、やっぱ学歴の話になると思うんすよね」
いや、ちょっと待ってくれや。
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