曇天は重たい

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曇天は重たい

ここでは使い潰されると思ったので、転職することにした。 真面目にやってもふざけてたり、手抜きするやつらにまるで自分の成果と言わんばかりに取られ、上申しても通ることはなく、悪口が飛び交い、自分もなんて言われているのかわかりやしないのに、表面はにこやかなアットホーム、最悪だ。温もりがどうこうとかはいらない、仕事ができる者同士でさくさくと仕事を進めて早く帰りたいという気持ちの何がサボりや手抜きなのだ。 とはいえ、特殊な技能のない私など、以下省略するとして、とりあえず誰もが知ってる名前を冠したグループ傘下の求人を見るだけ見ていた。 転職アドバイザーに追加で詳細を聞けないかと聞いてみれば法人担当者がいるとの案内。あの業界がどういう仕組みかは理解できていないが、一つの法人に担当者がいるものなのか、とある種の安心感、安定感を覚えた直後の話だ。 突然、心が曇ったのだ。 正直、向いてない仕事をずっとしてきて、でも負けたくない気持ちで続けてきて、それが。 担当者から受けた説明に異論はなかったし、不思議なことはなかった、わかっていたことですらあるけれども、その「わかっていたこと」を実現するのにどうしてこんな、うまく行かないのだという気持ちで、一気に心が曇った。 あまり緊張というか、なんとかなるだろうと手にかけた転職活動。書類選考云々のための書類を作るのだから、当然写真がいるわけで、スーツをどこにしまったかと家中をひっくり返してなくて。 実家の母に確認するけれど、帰ってくる言葉は知らないとか、本当に全部見たの?とかいう問いかけで。 でも、いつか法事で着たスーツは実家にあるはずで、知らないわけないじゃんと言いたい気持ちは抑えつつ、それは喪服とかで使うようなやつだから向かないか、そうだよなと思い込みながらまたクローゼット全部を確認してもなくて。 ただそれだけのことだ。 見当たらないと母に連絡を返したら、通話が飛んできて慌てて取り、あんた、どういうとこにしまったの?本当に全部見たの?こっちにはないはずよ?だって着ないものと、当たり前だし、自分のものなんだから自分でわからないということがおかしいし、「買えばいいのよ」という簡易な解決策を提示されて、そうだけど、と口にしようとしたあたりで限界を迎えて、涙が勝手に膨れて落ちて、流れていく。 返事ができないから、探しているふりで誤魔化して、なんとか収まった頃にとりあえず、使えそうなものをひっくり返してみるから一回来なさいという言葉を受けた。 でも、私に休みなんて全然ない、次の休みは?と聞かれて素直に答えて、そこしかないの?と言われてもっと虚しくなった。ないんだよ、そこしか。 捻り出した時間で転職について、じゃあこのサポートを受けよう、求人票見ようからの電話相談ですら正直、重たいぐらいに休みはないし、倒れるように寝ているのに、そこしかってなんなんだろう。 結局、時間も惜しいし、嫌なことは早く済ませようと明日の昼、なんとか足を運ぶことにして、電話を切ったら、それと同時に堰も切れて、久しぶりに本当にぶわり、と音がしそうなほど大きな粒がぽたぽたと落ちた。 どうしてこんなうまく行かないのだろう。 真面目にやってもうまく行かないのに。手を抜いたらもっとうまく行かないのは当たり前のはずじゃないのか。どうして私がこんなに惨めになっているのに、仕事もできずにうろちょろしてるだけのやつらが褒められているのかもわからないし、勝手にタイムカード切られるし、切ってる後輩たちは何もしてないのに私はまだ残った後片付けをしているのに。 意図的に早く来ているバイトがいるけれど、早く来ている割にはなんにもしていない、できていないことにうっすらと気がついて、なんとかちょっと早めに出勤してみたら呑気に二十分かけて髪をセットしてやがる。 もちろん着替えるのも仕事の時間であるということに異論はない。ないが、着替えるためではなく仕事に直接全く必要のない、髪型のセットに二十分かけることを前提に早く来てタイムカードを押していること、それになんの苦言も示さない上への怒りも、そいつ自身のその分仕事ができるのかと言われれば別に、と言わざるを得ない横暴さに腹が立って立って仕方がない。 そんなやつらの尻ぬぐいはしたくないし、庇ったところで懐いてくれるわけでも、謝罪の言葉が来るわけでもなく、ただやっちったなというような、ドジしちゃったなみたいな誤魔化しの愛嬌で、しかも別にそれは私には向けられないわけで。 私という人間に頼りきりなシフト表。お前は別に変わらんだろと言わんばかりの決め打ちシフトを書かれた私と、あ、この日は無理でーすなんて適当抜かしているやつらや、休むにしてももっと早く連絡しろという時間帯に飛んでくる電話。私だって熱を出したら休みたい。休みたいけれど、代わりが務まる人がいないから、仕方無しに出勤したりして。それでもミスを出さないことを褒められるわけでも、助かったと言われるでもなく、ただ、流された日を思い返すとむしゃくしゃする。私に頼ってるくせに、私が倒れたりしたときのことは考えていないのかと。 人手不足とは言うけれど、最小限にシフトを組んでるせいで忙しいのだから余裕を持たせろと言ったとて聞かない。間に合ってるわけじゃなくて、間に合わせているのがわからないだろうか。 実際間に合わなくて怒られるのは、私なのに。 そんなに私のことが、嫌いか? 頑張っても認めないぐらいに? どうしてこんな、「できる」はずなのに、それは他の世界から見たら別にと言われてしまうような程度の人間とされて。 じゃあ、何ができたらいいの? 勉強します。 エクセル?ワード?できるけど?少なくとも普通のそこらの新卒とかよりは。他になにがいるの? 勤務時間?十分でしょ?これ以上なの、年休120って書いてるくせにそこ拘るの?すでに出社できているでしょう? 顔も見られる?ナチュラルにしろナチュラルにしろってうるさいくせに、化粧しない顔見せてよだとかそんなこというくせに顔を要求?うるせぇな下衆男ども。 そもそも、キャリアアップのための転職じゃない、本当に仕事を変えたいというだけの転職でどうして、そんなにやれあれができないと、だ、顔がどうとか、だ言われなきゃならないんだろう。 ずっと頑張ってきました、変わってくれないので、頑張ってきましたということをわかってくれるところに行きたいですというだけなのに。 安心して休めて、身体を引きずってでも出なくていいところ。 どうして。 それが! こんなに、難しいのだろうか。 いっそ。 MMOの世界のほうが、 頑張ったねって。 助けてくれてありがとうって。 来てくれて助かった。 フレンドになってください、とか。いいの?とか。 たくさん私のできることを認めてくれるじゃないか。 乖離しているとまでは言わないけれど。 一方は人に認められないままの世界で。 一方はたくさん認めてもらえる世界で。 きっちりやるという点ではどちらも私に変わりないのに。 世界が違うってだけで、こうも変わるのだろうか。 いっそ、あの世界基準で面接させてほしいと思ってしまったり。なんて、ありえない。ありえないから私は今、泣きながらスーツを探してない、と判断し、味のしない夕飯を胃に叩き込みながら、どこまでやれたら良いとされるのかという質問に返答がなかったから、またエクセル関数やらを復習し、途方に暮れた。 こういうの、別に、頭に入ってなくてもいくらでもメモ帳でもなんでも使って引き出せるようにすればいいだけの話じゃないの? 覚えていても自信がないから結局は検索して、そうだよねとなってからやるものというか。 調べることもしないやつらが周りにいるものだから。 何か、おかしいかな。 私って実はできていると言われる範疇ではないのかな。 自信、なくなってきたな。なんとかなるだろう、っていうのは裏を返せば「なんとかするしかない」という気持ちを隠した言葉でしかないのだから。 そんな心が曇るのは一瞬。 別に世界に逃げ込んだって仕方ないし、逃げ切れないものだし。 どうにか、するしか、ないんだけど。 でも。 誰もやっぱり、褒めてはくれないんだなあ。 どこに行っても、そう、なのかなあ。 いつもありがとう、ちゃんとやってくれて、って簡単な言葉が訊きたいだけなのに。こんなにうまく行かないものなのだ。 そりゃ、誰だって心を病むだろうに。 なんで私が悪いみたいな、そんなふうになるのだろうか。 誰も拾っちゃくれないのだろうか。 出ていくことも、許してはくれないのだろうか。 一度曇ると、なかなか、晴れない。
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