初恋の歌い方

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初恋の歌い方

ガチ恋とは ガチ恋とは、「ガチの恋」、すなわち、冗談めいた意味合いではなく真剣に恋愛感情を抱いた様子を述べる言い方。とりわけアイドルやタレントに対して、また最近ではVTuberなどのネット配信者に対して、ファンの域を超えて本気の恋愛感情を抱いてしまった状況を指して用いられることが多い。 かたかたと、別の用語を打ち込んで、検索。 リアコとは リアコとは「リアルに恋している」の略で、ジャニーズのアイドルやイケメン俳優、声優、ユーチューバー、アニメ、マンガに登場するような2次元の男性キャラクターなど手が届かないような存在の「推し」に真剣な恋心を抱いてしまってしんどい状態を指す言葉。主に女子中学生、高校生などの若い女性がSNSで用いるギャル語である。 対して変わらないな、というかギャル語なんだ。むしろそこに驚きがある。しがない二十代半ばを過ぎていく女が使う用語ではないことだけは事実らしい。 目の前に広げたインターネット辞書を眺めても、自分のコレが解消されるわけはないと分かっていた。だが、如何せん初めてのオンパレードなものだから、少しでも、こう、気を逸らすというか、そんなわけが、という自分が心の何処かに居たのだろう。 私は、所謂オタク気質の人間である。物事を好きになった途端にソレについて詳しくなりたくなり、資料を掻き集め、グッズ展開があれば財布の許す限りは買い込み、毎日の栄養素として推しを補給して生きている。基本的には二次元の小説、漫画、アニメのイケてるメンズが対象である。一部ジャンルにおいては三次元の男性も対象にはなるものの、諸事情で公式から供給はされないため、種火がただそこにちらちらと残るのみだ。 友人や後輩たちの中には、話を聴いているとよく新しいあのアニメがどうと言うが、私はあまり推し変をしないため、よくわからない心情になる。流行に疎いと言われてしまえばそうだろうし、かといって最新コンテンツを追いかけ続ける気力と時間が確保できるような生活をできる社会人が、この世にどれだけいるのかという話だろう。 私は推せば十年単位の人間であり、そこにも一応の流行り廃りはあるものの、よく言うところの沼の色が変わるわけでもない。今はそういう解釈が人気かぐらいの話だ。あと十年単位という時点で、私の人生のオタクとしての染まり具合を察せられよう。こちとら学生どころか小学生以下からそういう気質です。大抵のものは食えるはずだし、地雷だったとしても人様に迷惑をかけないように処理するだけだ。 私の沼は変わらない。 変わらない、のだが。 最近、というかまあ、いつものことではあるが、仕事が忙しくてとてもじゃないが何をする気にもなれない。新しく入ったバイトどもはなんにも覚える気がないし、注意されたとて聞く耳持たず、叱られても訂正されても次の出勤には忘れていることなんてざら。ザラザラのザラメ。何言ってるんだろうな。 とはいえ人員に変わりはない、のだが。尻拭いをするのは私。なにかあれば呼ばれるし、ひどいやらかしがあれば上司へ報告もしなければならない。せめて私に面倒をかけているという実感ぐらいは抱いてほしいものだが、我関せずの顔ぶればかり。 元々、一度心挫けて人生終わりかけた人間で、寝る前の睡眠導入剤が数種類手放せない人間だ。 疲れていた。推し事をする気力すらお仕事に持ってかれ、ただ疲弊していくばかりだ。 普通の、いやもはや、健康な状態とはついぞ知らないのだが、健康な人間が一錠でも飲んだら恐らく倒れ伏すのだろう薬を数種類重ねがけしているというヤバさを、どうか世界にはご理解頂きたいぐらいだ。眠れなくて発狂したことはあるかい?ない?そうか、幸せそうで何よりだよ。 疲れていると人間どうなるかといえば、まあ、心はマイナスの世界に傾いていくわけで。 あれをやってない、あれもやらなきゃ、でも今体動かない、寝れない、とぐるぐる一度でも思ってしまえば数時間はとらわれる負の連鎖。 死にたいとは思わない。一応、愛されて育った自覚はあるからだ。むしろ死んでしまったら、私はしょうもない、私の心を壊した悪党どもに負けたということになるだろう。そんな変な意固地で私は日常にしがみついていた。 そう、しがみついていた。 しっかり心療系のお世話になってもうそろそろ十年。医療の勝利か、一番酷かった頃とは大違いで意外にも元気で。 本当はこんなギリギリのラインで生きるのなんて当然ゴメンだ。仕事、なんてそれっぽく言ったって、所詮、世間からすればフリーターのアルバイトでしかないから。 収入なんて大したもんじゃないけど、お国に収めるべきお金や、大学の奨学金返済などの最低限をクリアしているがために、両親からは自立として認められて過ごしている、悲しいけど社会人になっちゃった、人間である。 ひどいことを今から言おう。 正直、お国のお世話になりたい。 全然お金は貯まらないし、ふと将来のことなんか考えてみろ、お先真っ暗にもほどがある。手取りが十ちょっとで、かけもちなんてできる体力はないし、睡眠系に問題を抱えているし、時間を守るということもなかなかどうして、難しいのだ。生きるのが下手すぎやしないだろうか。 そんなもん、お国のお世話になって、安心感を得てから自分の体と相談して、福利厚生の良い会社に勤めた方がいいと、どこか将来を考える自分はそう思っている。もっともだ、と思う。だが、変に情を持ってしまう私が、でも長く世話になってて、シフトとかも私いる前提じゃんか、と恩義を抱え込んでいて、かつ、弱い部分の私が、他のところに行くの怖いよ、わからないよ、失敗したら立ち直れないと泣き言を言う。そもそもだ。お国のお世話になろうと腹をくくったとする、だが悲しきかな、私はどうやら「お前は大丈夫だろう」と叩き出されるグレーゾーンの人間。嫌になる。助けを求めたくても、いやお前は範囲外と言われるそんな日を繰り返していた。 なんとも言えない辛さをかかえこんだ果ての、日常には問題が起こりやすい。負の連鎖か、負が不運を呼び込むものなのか。極めつけの出来事は、オタクとしては最悪と言わざるを得ないことだった。 推したちのうちの大半を演じてくださっていた声優さんの、スキャンダル。 それが恋愛騒動とかだったら、もう流石に小娘ではないのだから、祝福でもなんでもしたるよという気持ちだったけれど、悪い方の恋愛スキャンダルだったのだ。 流石に、ちょっと無理になったよね。 私としてはかなり珍しいことに、その演者さんの声をした推したちは、見目が好きでも、性格が好きでも、どうしても一歩線を引いて、下がってしまった。こいつらに一ヶ月の給料注ぎ込んだ夏の日が馬鹿らしくて仕方がなかった。 分かっていた。 中には人がいて、人である以上、間違いを起こすことはあるのだから。それを許す許さない、許されないとかは置いておいてだ。彼らにも人生があるのだ。 だから結婚報告は嬉しいし、別れたとなるとどうして、ともなるし、お子さんが生まれたと聞くとこちらも喜ぶし。 スキャンダルには、辟易とした。 結局はさ、そういうのがない、創作の方にいたほうが安心じゃない?って最近の私は、ただ何かを書いて、描いていた。 オタクというのは半分ぐらいが創作者でもあるだろう。 私ももちろん筆を取る人間で、創作が生命活動レベルで身に浸透しているために、どれだけ辛くたって筆が折れない人間だ。 折りたいぐらいに、辛いんだけどね。 創作といっても多岐に渡るだろう。文、絵、動画、音楽、3Dモデリング、エトセトラ。 私はそのうち、立体系以外には大体手を出している。 全部できる、というわけではない。違う。 よくもわるくも、中途半端。出来なくはないからやるけれど、それを専門にするひとからすれば当然大したことのないもの。何を重ねても中途半端の出来で。好きと言ってくれる人もいるから、しがみついてきたけど。 そろそろ、疲れたよ。 最近はもう、世間にもよく広まったVOCALOIDの画面を、私は無力さにただ眺めるだけの日々を重ねた。 何が楽しかったのかわからないけど。でも、成功体験もあったから。私のものは悪くはないのだと言い聞かせて続ける呼吸の、なんと重たいことか。 重たくて、何もできない日が続いた。 何を目的にするわけでもなく、とりあえず動画配信サイトを眺める日々。つい解説系を訊きたがるのは性分だろう。 今や何百人もいらっしゃるVtuberというものに、触れずにいたのは、何の意固地だったのだろうか。恐らく沼を増やしたくないという心理だ。 ただ、なんとなく、結構昔の、VOCALOID楽曲を歌っていた動画が目についてしまったのが、私の転換点と言えよう。 まだ歌い手やらなんやらが当たり前に周辺にいた頃の住人である私だ、その頃の曲は大概聴いてきたけれど。 たまたま開いた彼の声は、ひどく。 ひどく、心を揺さぶった。 頭を殴られたような衝撃だった。 何に衝撃を受けたのか。見た目に惹かれたわけではない。ただただ、言葉を噛みしめて、心を発声に入れ込む彼の歌が、砂漠と化して久しかった私の心に染み込んだことだけは確かで。 気がつけば、感動系などの方面では、涙脆くなどないはずの自分の目から水が溢れている事実に呆然として、でも優しい気持ちの残り香が心地よくて。 久々に、よく眠れた。 そこから、私はその歌声の持ち主を推すべきだろう、とチャンネル登録や基本的な情報は頭に入れた。だけどなんとなく配信を見にはいけなかった。よくわからなかったが。 時折出される歌ってみたをひたすら噛み締める日々。 歌配信アーカイブを聴いて、曲選の「同じ世界に生きていた」温度感にじんわりしながらも、泣かされる日々。 あの頃たくさん溢れていた歌を思い出した。やれ音圧戦争だ、やれストーリー展開だなどと周囲がやいのやいの騒いでいたのが厭で、聴くときはこっそり聴いていたなとか、自分の音楽がやりたいけれどうまくいかなくて悩んでいたなとか、実はあの曲好きだったんだけど、コメントが見たくなくて少し離れちゃってたなとか、そんな他愛のないことをたくさん思い出した。 同じ世界に生きていた人が、こうして人気者になっていくのを見るのは初めてではない。ステップアップしていくのを見届けるばかりだ。彼らにとって私は有象無象の一部でも、私にとって彼らは同じ空に浮かぶ仲間、だった。そりゃ、光の度合いが違ったとしても。 「最近、なんか元気だね」 十年来の友人と会う機会があり、珍しく外出した私は恐らく浮かれていたのだろう。 彼のグッズはどちらかというと私よりも下の年齢層向けか、なんというかオタクの極みたる痛バの素材だったりしたので、オタク創作力を信じ、有志のイメージアクセサリーを探し求め出会ったネックレスとイヤリングをセットで購入、今着装しているのだ。そりゃ浮かれていると思われてもさもありなん。 確かに慣れやしない化粧も最近考えるようになったし、服もオタクの衝動を狙ったコラボブランド展開物とはいえ、清楚な雰囲気のクラシカルなロングスカートを出してきて、それに合わせてトップスも買った。 そう?なんて言ったところで長い付き合いを誤魔化せるわけもなく、なんかあった?と突っ込まれる。 「なんかさ」 この人の歌がよくってさ、と口を開けば怒涛である。オタクとはそういう生き物、推しについて語って良いとされれば無限に語る。隙あらば好きに語る。必要のない話まで。 「確かに上手いわ」 友人の褒め言葉にまるで自分が褒められたかのような高揚感を抱え、何度も頷く。 しばらく友人は彼の動画を見ていたが、ちらちらと私を見やる動作もあり、首をかしげるも、せっかくの布教を台無しにしたくはなく、最近は珍しくもなくなったタブレット端末のオーダーシステムから、適当な摘みを注文した。 「最近SNSとかでもやれ可愛くなりたいとかなんとか言うとったからさぁ、男か?と思ったけど」 一段落したのか、スマホをテーブルに置いた友は、急に男についての話をしだした。何故だろうか。 「男だったか……」 そう自己完結してジョッキを掴む。友人は酒豪である。ビールなんぞちょろいもので、日本酒行っていい?などとよく言う。私は飲めなくはないが、甘い酒が好きだ。単純に味として。あと本当は飲酒は駄目である。薬の説明書きをよく見ると書いてある。 「なんで一人納得してらっしゃる?」 「いやあんた……んー……この推しさんについてどう思ってる?」 何度頼んだっていい摘みの代表、ポテトフライがやってきて、すぐに手が伸びる。 「最高の歌」 「続けて」 そう乞われ、口を滑らせていく。 最高の歌。初めて聴いたときの殴られたような衝撃もだが、その後に聴いた昔懐かしい曲や、命について語る歌詞を叫ぶ彼から、その心の綺麗さを感じた。ただ歌っているわけじゃなくて、彼にとって歌は生命活動、私の創作と同じ。先駆者への尊敬の念を臆さず隠さず口にする彼にも、私は尊敬の念を抱く。歌によって声の色も変わっているのは、上手いとかそういうものを置いておいて、言葉への深い理解を感じ、それにも好感を持っている。けれど、どの彼からもただ共通して受け取れる、「楽しい」が、私のどうしようもない何もできない、言葉にしがたい虚無、埃、靄を払いきってくれるから、何度も聴いてしまう。 上手く言葉に出来ていたかはわからないが、少なくともこのようなことを私は述べた。 「それでだ、彼の所属先は結構デカめでイベントもあるから、あんたはこう思ったわけね?」 確かにここ数日は限られた人にしか開けていないSNSアカウントに引きこもって推しについて叫び続けていた。正直半分記憶にない。 「逢いに行く時が来たときに、恥ずかしくないように、きれいになろう」 「……そんなこと呟いてた?」 「おー。だからもう、あれよ。あんたって男から告白されたら基本いいよbotじゃんか」 「まあ、……基本そういうときフリーだし、断る理由もあまりないし……その、……イマイチ、恋愛感情わからない、し」 「そ。普段はそれで彼氏が出来たとて飄々と自分のしたいことを優先するあんたがよ。その彼に逢うときには恥ずかしくないようにとか、可愛くならなきゃ、メイク上手くならなきゃ、服買いに行かなきゃとかさぁ」 友人の言葉に、また、頭を鈍器で殴られたかのような気持ちにさせられる。 「それが恋じゃなかったらなんなん?」 恋。 この二十と少し生きてきたこの身、不思議な縁でお付き合いをしたこと自体はあったものの、私が自由奔放かつ気分屋で、嫌だとなったら全く動かないこともあり、お付き合いをしたとしても身体の関係になるまで行けた試しもない、現象。 恋とは? 確かにたまに考えたが、いわゆるどうしてもあの人が私のものにならないと駄目、みたいなことなんて考えたこともない。推しはそもそも疑似恋愛である前提で見るため、作品などで所謂夢小説などを嗜むときも、本名そのままは入れない。 てか、推しに恋をしたとして、それが叶うわけないだろうと。 だからこそ友人の発言に私は笑った。そんなまさかと。 だって推しじゃん。どちらかというと彼に抱いているのは、疲れ切って羽ばたけず落ちていく夜空の中で、たまたま駆けた一条の光、そんなイメージだ。あの光がきれいで、もっと見ていたいから飛んでいなくてはならないとか、彼の「言葉」への真摯さに、まだ私達ーーー作詞家の側に寄り添い続けてくれるひともいたのだという温もりを感じたからとか、そういうもので、おかげさまで彼と出逢ってからというもの、創作は捗るばかりだ。 そういう意味では恩人、という枠が正しいだろう。 私はそう主張した。 だが友人は反論を続ける。 「恩人ね、わかるよ。確かに今のお前は創作者として輝いてるわ。速度も質もやべーよ、ファン一号が保証する。でもさ、最近書いた詞、見せてもらったけど」 目の前の友人は、私が特に音ーーー作詞系やVOCALOIDに触れ始めた頃、一番最初にファンだからと伝えてくれたひとでもある。だからこそ、説得力も酷くあった。 「あんた、普段は恋愛の詞、あまり書かないじゃん。でもここ数日の詞、全部、男っていうか、まあ推しさんだろうけど。気配あったよ」 「……。」 思わず、スマホから確認できる範囲の詞をすべて見返した。 「……。」 「この詞はそもそも手を伸ばしたいって気持ちが出てるね」 「……。」 「こっちはいつか貴方に見てもらえますように的な」 「……。」 「これはねぇ、もう熱烈な想いを感じますよ」 言われてみれば、全部。 確かに、言い逃れが出来ようもない。感覚で書く派の私は、書いた当時は何も思っていなくても、言葉のチョイスや設定感にすべて現れているのだ。 例えば貴方の描く夢の色に混ざれたら、などと何をほざいているのか! 上手く咲けない花にたとえて、きれいに咲けたならなんて歌う詞の何処が恋心でないというのか! 夜空の星にたとえて、きれいだなんていう詞の何が! あまりのことに私は頭を抱えるしかできなかった。 もしも。 これが恋だとしよう。 つまり。 私はあの歌声に。彼の心の音に。 真摯に向き合う彼の、歌に捧げる呼吸量に。 初恋をした、のだ。 友人によって、理解させられた私は。 冒頭に戻らせていただくが、ガチ恋となってしまうのは明らかであった。だからこそ、自衛他、同担の方々へ迷惑をかけぬようにとさらに裏に引きこもりながら、彼の作る歌の海に浸った。 心地が良くて、仕方ない。 私の思う定義のガチ恋とは、配信を鬼のように追いかけ、グッズを破産しそうな勢いで買って貢ぎ、とあまり良い印象ではなかったから、言い方悪しとはいえど、同類とは思いたくなかったこともあり、自らの佇まいを見直しもした。 とりあえず、どなたにも迷惑はかけてはいないだろうと安心はしたが、チャット欄やコメント欄が覗けない心理はそれは「同担拒否」かと、まずい、と悟った。 心の自衛のために見ないのは前提としても、そうすると私が彼に言葉を送る手段が限られてしまうことになった。 ただ日陰から、あなたを見ています。 この恋、一応、仮をつけさせてほしい、まだ。この仮の恋心がどこまで行けるのかはわからない。 けれど、もう十年単位で推すと決めた。いままでたくさん歌声は聴いてきた、あなたに似た信念を持っていた人もいたはずだ。同じような言葉を放った人もいたはずだ。 けれど、その人たちではなくて。 私は、今、歌い始めたあなたへ、恋をしました。 あなたの歌は、人の心をこれだけ揺さぶれるのだと自信に思ってほしい。人一人の、陰鬱な気持ちを吹き飛ばす力があるのだと自信にしてほしい。それで、もっと楽しく、その呼吸を続けていてほしい。 あなたが、幸せでいてほしい。 そんな気持ちの中に混ざる、ほんの少しの、もしも、私を見てくれたらなという傲慢不遜に、机を殴り散らかして冷静になる。 じん、と指が痛むけれど、そんなことはどうでもいいぐらいに、恥のように感じた。 あなたの人生に私は関われることはないのだろう。そしてそのほうがいいはずだし、少なくとも有象無象の中の一つなんて、とてもじゃないが見えないはずだし、分かっているんだ。この恋が不毛であることだなんて。 それでも、あなたの目が私を見ることがなくても、どうしても私はきっとあなたのことを心配し、想い、救われ、幸せを願い続けるのだ。 不毛を通り越して、もはや塵芥すらなさそうだ。 世の中の女の子は、こんな気持ちを毎回抱えているのだろうか。そこらの男に。とてもではないが信じられない。もちろん、私の見ている彼のカタチは所謂、ママ様からお生まれになったもので、身も蓋もないことを言えば、御本人がどうであるかなんて、わかりやしない。 それでもきっと、私はどうであれ彼に恋をし続けるのだともう、理解をしていた。 まさか、初恋がこんな遠い人だなんて、思ってもみなかった。叶わないとはよく言うけれど。 どうして、ようやく理解できた恋という概念、感情がいきなり、最難関なんでしょうか。 今日も彼は歌っている。 たんたんたん、と音楽をやっている人特有の音符のリズムの数え方を挟んで鼻歌程度の、それでも。 私には十分に優しく染みて、染みて、頭を撫でてもらえるような気持ちになって仕方ない。 あなたのことが、好きです。 どうしようもなく、なすすべもなく、好きです。 だからどうか、健康に気をつけて。スケジュールも詰めすぎないで。ちゃんと休んで。ご飯も食べて。遊んで。 私のような、落ちこぼれには、ならないで。 今日は少しだけ、泣きべそをかきながら、眠りについた。 さて、まあどれだけしおらしく、めそめそとしようが彼への気持ちは変わるべくもなく、今日も今日とて私は、彼の歌を聴いてようやく一日を始める気分になる。 もそりと温まったベッドから抜け出しても、特段やることなどはない。 いつもどおりの、気分任せの制作活動は呼吸であるから、一日の予定としては勘定しない。ゲームをしてもいいが、そんな気分でもない。そして素晴らしいことに本日は休みである。 パソコンを起動しても、見つめる先は彼である。 昨晩不毛だと散々嘆いたばかりだろうが。自分でも自分のコレが意味がわからない。世の中の一般的な女子は、これを無限に繰り返しているというのか?とんでもない狂気では?恐ろしい。 相変わらず流れていくチャットは見れない。彼の主だった配信時間に仕事が被る私は、投げ銭のタイミングすらつかめない。ただもう終わってアーカイブとなったものを後からゆっくり拝見させて頂くのだ。 ただ追いかける女に成り果てている。いや、それが悪いとは言わないけれど。それではただのファンと変わりなく、いや彼にとってそうであるということには変わりない事実ではある。 悶々と、同期と戯れる動画の中の彼を眺める。 もし、私が彼にできることがあるとするならば。 この心のうちに湧き出る言葉たちを、どうにか形にしてやることぐらいだろう。 彼の呼吸に応えるように、私もひたすら呼吸を繰り返す。互いの脈動を続けていく。ときに交わるかもしれない瞬間に、聴こえていますと胸を張れるように、だ。 どうしても、心のどこかしらに巣食う、仄暗い独占の欲や、醜い期待を理性で圧し殺せ。 圧し殺して、それでもなお削りきれない本心は言葉の飾りになるはずだ。それくらいでちょうどいいと経験は解っている。 だから、私のこの初恋は、圧し殺されて広い海に散り散りになるだけだろう。 そうだとしても、初恋だからこその歌い方をしてみせよう。届かなくてもいいけれど、届いてほしい、二律背反を抱えて私もまた、空へゆく。墜落しきっていなくてよかった、つづけていてよかった、這い蹲ってでもしがみついてきた生命活動に、感謝を捧げて私は筆を持つ。 今日は何に喩えてしまおうか。 今日の彼は、遥か空を流れていく、彗星になった。 それでいいと思う。 多くの人は、彼のことを太陽のようだと評する、それに遺憾はない。 ないが、私は違う。 創作の広い海。広い空。そんな空間に互いに浮かぶ、星。 私は大した等星もない星屑だとしても。彼が誰にも負けない一等星だったとしても。 同じ空で、輝こうと熱を燃やしている星であることに変わりはない。 それだけは信じられたし、それだけは譲りたくなかった。 私にとっては、彼は星なのだ。 太陽のような手の届かない、皆に光を与える存在ではなくて、冷たい夜の空の海の中、すれ違って熱を共有できるかもしれない、星のひとつ。 星は無量大数ほどあるだろう。けれど。 今私が目指すべき星は、あなただ。 だから下手くそな初恋を抱えながら私はひたすらに、重ねたことを踏み台にして、飛んでいこう。 恋心が叶えばいいとか、そういうことは置いておいて。 同じ星として。 あなたに胸を張って、お礼を言えるようになるまで。 飛んでいこう。 それがガチ恋であるとか、そんなことはどうでもいいのだ。彼という星の光に、目を奪われてしまって、こうなったのだ。 隣に行きたいわけじゃない。あの一等星に恥じぬ光を持って、彼の。ほんの少しの助力になれたらいいと、願いながら。 私は今日も、目を閉じる。 彼の幸せを願う歌を、まどろみの中、口ずさみながら。
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