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 ーー最悪だ。今日は俺の命日にしよう。  「あれ、麻耶先輩?おーい」  誰か俺を殺してくれ。  人間は超能力を持っている。  クラス替えをした教室に入り、全体を見回 してクラスメイトの顔ぶれを確認する。一人 一人の容姿とランクを頭の中で組み立ててい き、自分はどのランクの人間と付き合えるか を瞬時に感知できる。  この力は誰にでも備わっており、集団生活のなかで必然といえるものだ。  それでも超能力を使うか使わないかは持ち主に決定される。多くの人は集団生活の中で孤立したくないので、神経を尖らせ力を駆使する。だが最初から誰かとつるむ気もない麻耶は、教室に入っても指定された自分の席に座り、時間が過ぎるのをただ待っていた。  歓談しているクラスメイトたちのざわめきを聞きながら息を潜める。まるで自分だけが深海にいるように、誰にも侵されず静かな日々を送っていた。  そうやって一年を過ごし、二年目となった今年の春。麻耶の生活を脅かす人物が突然現 れた。  「会いに来たよ!麻耶先輩!」  けたたましい音と共に教室の扉が開き、ぬっと顔を覗かせた大柄な男は麻耶をみつけると嬉しそうに破顔した。  「わおん……」  「会いたかったよ!」  和音は麻耶に飛びかかる勢いで抱きつき、頬をすり寄せた。顔を引き剥がそうとしても、体格差からビクリともしない。丸太のように太い腕と細枝のような自分の腕では勝敗は火を見るよりも明らかだ。 穏やかな日常が音をたてて崩れていく。  存在を消し、クラスから浮く人間にすらならなかった麻耶が和音に懐かれるようになり、少しずつクラスから浮いた存在になってきていた。  数名の女子から好奇と敵意の入り混じった視線を向けられ口を噤む。 のに、暗黙の了解で広まっていく謎の儀式。  可哀想に、と柄にもなく同情めいた気分だった。   温かくなってきて気持ちが緩んでいたのだろう。普段なら他人に目もくれないはずなのに、このときばかりは男のことが気になっていた。  進学校でもある藤代高校は真面目な生徒が多い。上履きを履きつぶしたり、スカートを極端に短くしする生徒は多くない。校則は緩い方でもあるため髪を染めている生徒は多いが、ほとんどが地毛のような茶色だ。ベンチの男のように金髪にしている生徒はいままで一度もみたことがない。  それでも麻耶にとってはどうでもいいことだ。自分には関係がない人間のことにこれ以上、気に病む必要がない。  はやく生物室に行かなければ昼休みが終わってしまう。  そそくさと過ぎ去ろうと歩きだすと、金髪の男と目が合った。遠くからでも男が目を見開き驚いているのがわかる。  視線がかち合っただけなのに、どうしてそんな顔をするのだろう。  長い前髪を押さえつけ顔を逸らすと、右方向から走る足音が聞こえてきた。  『会えた、奇跡だ』  金髪の男は廊下の縁に上半身を乗り出し、麻耶の顔を覗き込んだ。切れ長な瞳がキラキラと輝き、その眩しさに気圧され後退ってしまうほどだ。  『オレのこと覚えてない?』  男は自分のことを指でさし、縋るような目で麻耶をみた。遠くからでは強面の不良のような印象を受けたが、近くで見ると年相応のあどけなさを残していた。  前髪の隙間から男の顔を覗きみる。年下とは思えない背の高さや男らしい筋肉質な体。  鋭い眼光をもっているのに、人懐っこい愛嬌があった。  どこかでみたことあるような気もしなくもないが、過去はあまり思い出したくない。思い出は麻耶を苦しめるだけの存在だ。  麻耶が首を横に振ると、男は残念そうに眉根を寄せた。  『そっか。急にごめんね』  口の中に砂が入ってじゃりじゃりと音をたてているような後味の悪さが残った。大切なものを見失ってしまった気がしたが、それが何なのかわからない。  『オレ、部原(へばら)和音って言います!これかよろしくね、麻耶先輩』  どうして俺の名前知ってるんだよ、と言い返したかったのに有無を言わせない笑顔に抑え込まれそれ以上なにも言えなかった。
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