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「……特に……変わりないです……」
自分の喉から発したはずなのに、他人のようにしっくりこない声で応える。
何の感情も奏でない僕の言葉に、壮年の男の人は「そうか」と鷹揚に頷いた。
「今日最近、何か気になったことはあるかね」
ああ、そうだ、思い出せた。
予定調和的なやり取りだが、僕にとっても重要な意味を持つ質問に、ようやく状況を呑み込めた。
目の前の馴染み深くも見知らない男性は確か、僕の「主治医」だ。
ちゃんと名札へ視線を移せば、「村瀬・医師」という"音"は、耳朶の記憶へ鮮明に響いた。
「特に……何も……ありません」
幾度も繰り返された僕の返答は、出来損ないの録画さながら、退屈で空しいものだろう。
「村瀬医師」は、表情一つ変えずにまた「そうか」と答えた。
隣に同席する「看護師」……"鶴"みたいに細長い女性の理知的な眼差しに、微かな落胆の色は揺らめいた。
僕にとっては、どうでもいい事であるはずなのに、どことなく申し訳ないような居心地の悪さを感じる。
けれど、しょうが無い。
僕にはどうにもできない事だから。
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